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「夕凪の街」という物語 その”番外” [こうのまんがの謎]

 今年のゴールデンウィーク、中央線沿いに用があったので、帰り際に中野駅に降りてみました。 まず向かったのが、中野ブロードウェイ。 「まんだらげ」で”の乃野屋”の本がないか探しますが… うーん、私には中野ブロードウェイはまだ早かったみたい。 ようわからんです。 気を取り直して”新井薬師前駅”の方面に歩き出します。 スマホの助けがないと絶対に迷うような住宅街の中を抜けてたどり着いたのが…

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 上高田氷川神社。 「長い道」の”道草”の回で、道が竹林を”見つけ出した”場所です。 

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 夏祭りの夜、偶然再会した竹林に再び会いたいと願った道が、たびたび訪れていたであろう場所。 買い物帰り、この階段にたたずんでいたときに、ついにかつての思い人にめぐり会うのです。 「長い道」は、「この世界の片隅に」のパイロット版ではないのか?と思うことがあります。

 この2作には、①親同士に決められた結婚、②互いに別の思い人がいる(いた)、本音を言わない夫婦、③子供がいない夫婦、④きつい小姑、⑤貧相な食生活、といったような共通点があり、また、「この世界・・・」で試された、ありとあらゆる漫画的表現方法は、既に「長い道」の中で試行されているのです。 戦争中という特殊な時代を扱い、厳密なタイムスケジュールの中で連載を迎えた「この世界・・・」。 徹底した時代考証や、複雑に絡み合うストーリーに集中するため、基本となる人物構成(特に恋愛面)などは「長い道」の物を踏襲したのかも知れませんね。(工業製品でも、複雑な新技術を投入する際は、ベースは実績のあるものをそのまま使い続けることはよくあること。) あるいは、「長い道」で描かれた事こそが、こうのさんが永遠に追い求めているテーマなのかも。 

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 そんなに大きくない神社なので、夏祭りとか縁日とか本当に出るのかい?と思ってたら、神輿まで出る夏祭りがあるそうです。 おみくじを買うと大吉でしたが、書いてある内容は ほぼ凶で、結構辛口の神様のようです。 上高田氷川神社は、「で、誰?」の回や「円の国」の回でも登場。 

 ちなみに、道たちのアパートは”野方駅”が最寄駅のようですので、道は結構な道草をしていることになります。 なお、「ぴっぴら帳」のキミ子のアパートの最寄駅は〇〇寺駅とあるので”高円寺”のようです。 また、「街角花だより」で取材協力で名前の挙がっている花屋さんは、同名のお店が阿佐ヶ谷商店街の中にあります。(何回か移転されているようですが)

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 そして、「桜の国」で引っ越す前の石川家と利根家の最寄駅が、ここ”新井薬師前駅”。 南口です。 平日なのか、そんなに賑わってはない様子。 商店街も同様...  そして、都道420号線に出て北を目指します。

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 2分ほど歩くと見えてきたのが、”片山橋陸橋”。 「桜の国」のクライマックスで登場しますね。 事前にグーグルのストリートビューで見る限りは、作中のような片山橋越しの”水の塔”は見えませんでした。 やっぱり、ここまで歩いて来ても、陸橋越しに塔が見えるところはありません。

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 七海じゃないけど、「桜の木が大きくなったから」塔も見えなくなったんですね。 

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 片山橋に接近し、

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 七海のように階段を上って陸橋の上に。

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 橋の上からも水の塔は見えませんねえ。 「桜の国」が執筆されてから14年。 桜並木はさらに大きくなったんでしょうね。 さあ、気を取り直して、回れ右。

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 南を向いて、「母さん、 見てるんでしょう 母さん」。 さて、片山橋を降りて、さらに北へ向かいます、が…

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 片山橋の一つ北の交差点。 ここには見覚えが。 「平凡倶楽部」の”記録の記録”の回で、桜並木の定点観測をしていた所ですね。 片山橋の隣だったんだ! こうのさん、毎日ここまで通ってたんですね。 お気に入りの場所なのかな。 向かいのお店らしきところ、事前に調べたらイタリアンらしく、ランチかお茶でもと思っとったら…

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 4月で閉店。 桜並木だけじゃなくて、街もどんどん変わっているのですね。

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 そして、ここまで来ると、ようやく桜並木の向こうに水の塔が見えてきます。 塔の方に向かいましょう。

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 突き当りの丘を登ると見えてきました。

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 水の塔。 作中、度々登場する この塔は、原爆ドームの暗喩とも言われていますが、その大きさゆえ、七海たちを見守る”母”のような存在でもあります。

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 塔の下には”水の塔”公園。 ちょうど近くの保育園のお迎えの時間で、親子連れでにぎわっていました。

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 七海と東子の思い出のブランコ。 「夕凪の街 桜の国 2018」でも出てくるのでしょうかね? 今回、中野を訪れてあらためて感じたのは、初期のこうの作品は本当に中野区密着で描かれたんだなぁということ。 こんな都会には住みたくはありませんが、それでも街中を歩いていて不思議な懐かしさを感じたのは、こうのまんがに描き込まれた”町のにおい”によるものなんでしょうね。

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「夕凪の街」という物語 その4 [こうのまんがの謎]

 ”のののーと”は、こうのさんの個人サークルである”の乃野屋”の機関誌のようなもので、こうのさんの近況と作品情報が紹介されている。 私がお借りした本には、2003年11月発行の”のののーと”の19と、2004年5月発行の”その21”が挟みこんであった。 #19は「夕凪の街」自費出版版の刊行、すなわちCOMITIA66の時に発行されたものと思われ、”その21”はCOMITIA68(2004年5月4日開催)の時に発行されたと思われる。 おそらく、この本のオーナーさんはCOMITIA68のときに購入されたのだろう。

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 #19では、まず”のののーと”の発行が久しぶりであることと、作家活動の近況(「街角花だより(日和版)の連載開始と終了、「夕凪の街」の雑誌掲載)紹介、構想していた”爺さんの話”(さんさん録?)が進展していないことを紹介している。 そして、新刊である「夕凪の街」の解説へと続く。 この中で こうのさんは 自費版(あるいは商業版)の解説に書かれた事よりも詳細に、本作の執筆動機を語っておられる。

 まず、自費版同様に自分の家族や近親者に被爆経験者がいないことを明言しているが、それは『貴方が、わたしと同じだけの知る権利と語る権利を持っている、と知って欲しいから』なのだと訴えている。 そして、いわゆる”語り部”の人たちが どれだけの”苦労と勇気”を持って自分たちに語ってくれているのかに思いを寄せた時に、『伝えるぐらいの役割はせめて負うべきなのだ』と考えられるようになったという。 この作者の思いは、後の「この世界の片隅に」の執筆動機にもつながっている。

 そして、作品を描き終えた現在、『このままでは終われなくなってしまった事も、強く感じ』ているという。 読者がこの作品を読んで原爆に興味を持っていろいろ調べるようになった時に、外部の人が立ち入れない領域があることに気付くかもしれないが、『だからといって貴方に無関係ではない事を、どうぞ忘れないで下さい』ということを、ひとりの人間として伝えたかったと。 そして、さらに作者の決意が続く。 『正しい心を持って、現代の我々につながるヒロシマを、次は描こうと思います。 商業誌で発表出来るかどうかは厳しいけれど、だめでも自費出版します。 見ていてください。』 

 私はこの文章を読んだ時に軽い衝撃と感動を覚えた。 この時点で、作者は後の「桜の国」執筆を決意しているのだ。 そして、その作品が「夕凪の街」(この時点で単行本化の話はない)以上の困難に直面することを既に自覚しており、そのうえで必ず世に出すと誓っているのだ。 そこには、売れないとか、原稿が早くならないとかで悩んでいたまんが家の姿はない。 あるのは、自分が描くべき作品に出会った作家の姿である。 作者のこの情熱は編集者や読者を巻き込み、「夕凪の街 桜の国」という一つの作品は1年後に無事に出版されることとなるのだ。

 「夕凪の街 桜の国」という作品が無事に世に出られたのには、担当編集者の染谷さんの功績も大きい。 朝日新聞の2005年(H17年)6月14日付け夕刊に、「辛抱が支えたヒット作」として、染谷さんのインタビュー記事が載っている。 別の編集者から漫画賞の選に漏れたこうのさんを紹介された染谷さんは、すぐに”淡々とした日常の中に喜怒哀楽を描ける”こうのさんの才能に気付いた。 そして、このヒトに”最悪の(戦争)犯罪”である原爆の話しを描いてみるように勧める。 慣れないテーマに悩むこうのさんに、「胃痛にはほうじ茶が効く」などと辛抱強く励まして待ち続けた。 「1年待った草稿 涙あふれた」と見出しにあるように、結局 「夕凪の街」で1年、「桜の国」でもう1年、辛抱強く待ったことになる。 Faxで送られてきたネームを見た染谷さんは、漫画編集者生活で初めて泣いたという。 そして「あんた、天才だよ」と涙ながらに言ったそうだ。 染谷さんの大学の漫研の先輩にあたる いしかわじゅんは、『染谷の手柄は、作家を信じて待ち続けたこと。 出版不況の今、それはなかなか出来ることではない。』と評している。 

 染谷さんについて こうのさんは、『どんな原稿でも受け止めてくれる』、『避けたいテーマに向き合わせてくれた。 おかげで、自分の身の程を知る機会を失ってしまった』と感謝の言葉を口にしておられる。 なお、この記事には”打ち合わせ中”のこうのさんと染谷さんの写真が載っているが、二人が見ている原稿は、この年の3月に「まんがタウン」に掲載された「長い道」の”蜜柑の国”の原稿である。 これは、新聞にありがちな「ここで、いかにも打ち合わせしているような感じでお願いします」と言って撮られた写真なのかな? それとも、この記事の後に刊行された「長い道」単行本の編集作業の本物の打ち合わせなのだろうか? もし前者だとしたら、このころから こうのさんのマスコミ不信は始まっていたことになるのだろうな!

 ”のののーと #19”は、この後、作者の仕事が紹介される。 商業誌の仕事については、連載中だった「ぴっぴら帳」を『もうたいがいやり尽くした』として、来年(2004年)2月で終わらせることを告知している。 そして、単行本の続刊が出なかったことが心残りだが、いずれ何とかすると言っておられる。 「長い道」については、連載も3年になるので新しい登場人物を出すつもりだと… その後、荘介の妹の”園子”が出ていますね。

 ちなみに作者は「長い道」のことを”貧乏仮面夫婦まんが”と公言しているが、そのほかにも、「こっこさん」を”やよいとこっこさんの波乱と恐怖の日々”、「夕凪の街」を”女の子が血を吐いて死ぬまんが”、「この世界の片隅に」を”主人公が死ななくて、がっかりされるまんが”と呼称している。 まあ、作者ならではの愛のある自虐表現ですね。

 最後のページには通販の案内が載っており、この時には 「夕凪の街」、「こっこさん(自費出版版:B6/148P/600円)」、「ナルカワの日々(B8/20P/100円/孔版印刷)」がラインナップされている。 いずれも、今では高額で取引されている作品たちだ。 ちなみに「のののーと」だけの通販も行っており、現金80円か80円切手での購入が可能だったようだ。


 ”のののーと その21”は、その号数が示すように、作者待望の「ぴっぴら帳」の続刊(完結編:2004年4月28日発売)とサイン会の紹介から始まっている。 そしてページをめくると、当時の巷をにぎわせていたイラクの日本人人質事件(の人質家族のマスコミ対応)をネタに、マスコミの取材に対する意見、というか、(何故か)自分がそのようなことに巻き込まれることがあったら、家族には こう対処してほしいという事を述べられている。 そして、その人質をどう扱うかという問題(当時、自己責任論が盛んに叫ばれていた)で度々引用されていた、”ダッカ日航機ハイジャック事件”での福田総理(当時)の『一人の命は地球よりも重い』というセリフに対して持論を展開されている。 こうのさんの命の価値に対する考え方がわかって興味深い内容です。

 そして、自分の<最近のしごと>に行く前に、自費出版作品の新刊の紹介をされている。 「ストポ」というその作品は、『ポトスへの愛と、あと実はいま構想を練っている別のまんがに、帰納的な展開を取り込めないか』と描いた習作だという。

 この、現在構想中の作品こそ「桜の国」だと思うのだが… 「桜の国」では、七海と東子のロードムービーに旭と京花の馴れ初めが挿入され、最終的に片山橋陸橋の上での七海の「確かに このふたりを選んで 生まれてこようと決めたのだ」というセリフに帰結する。 この構成のことを”帰納的”と言っておられるのだろうか? いずれにせよ、作者の中で「桜の国」という作品が徐々に形づくられていたという事が伺える。

 <最近のしごと>では、「ぴっぴら帳 完結編」刊行の喜びと感謝を述べられている。 また、「長い道」の解説では、荘介と道を『そろそろ本当の夫婦に成長していってもいいかなあ』と書いておられますが、確かに、この後の”四畳半の客”や”ほうきと荘介”の回では荘介の気持ちが変わってきていることが伺えます。 そして、「夕凪の街 桜の国」の単行本発売と入れ替わりに、「長い道」は大団円を迎えるのです。

 そして<最近のしごと>の最後に、夏ごろに別の単行本を出してもらえそうだと、嬉しさを隠すことなく報告されています。 この単行本は恐らく「こっこさん」だと思われますが、同作のあとがきにあるように、「桜の国」執筆と掲載 ならびに「夕凪の街 桜の国」の単行本化準備、そしてその後の騒動により、「こっこさん」の単行本化は遅れに遅れて 2005年(H17年)の2月にまでずれ込むのです。

 通販の紹介は、「ストポ:B7/32P/孔版印刷/100円」、「夕凪の街」、「こっこさん(自費版)」でした。 


 今回、貴重な本を貸していただけたことで、「夕凪の街」という作品と「桜の国」という作品に込めた作者の思いを深く知ることが出来ました。 特に「のののーと」が読めたことは大きかった。 本当に、この2作は最初から対の作品として描かれたんですね。 これにより、私は「桜の国」という作品が一層好きになりました。 貸していただいたオーナーさん、ありがとうございます。 全ページ、スキャンしようかとも思ったんですが、中綴じの本じゃないので、貴重な本を傷つけてしまう恐れがあるので断念。 数ページ分、写真を撮るに留めました。 でも、この本のことはもっと多くの人に知ってもらい、実際に手に取ってもらいたいとも思いました。 なお、「夕凪の街」の自費出版版は、広島の平和記念資料館の資料室に蔵書が一つあるようです。

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「夕凪の街」という物語 その3 [こうのまんがの謎]

 それでは、自費出版版と商業版の読み比べをしてみよう。 この2冊には以下のような差異が確認される。

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 もちろん、自費出版版には「桜の国」に関わる部分が掲載されていないが、そのほかにも細かい差異が見受けられる。

カバー・帯と表紙

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 商業版には当然ながらカバーと帯が付いている。 また、「桜の国」が掲載されているので、背景には桜があしらわれています。 本体表紙は切り絵調になっているが、自費版はカラー、商業版はモノクロ(オレンジ1色)となっている。

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 表と、

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 裏。 これ、写真では分かりづらいですが、自費出版版はパステルのグラディエーションで、かつパール仕様になっていて大変美しい仕上がりです。

見返しと扉

 自費版は表紙を開くと、裏に巻頭言、そして本編の前に白い和紙調の見返し(遊び)が挟まれていて、たいへん上品な作りです。 商業版は表紙裏は無地で、薄黄色の紙が見返しとして入り(裏表紙前にも同様の紙が挿入)、扉が続きます。 扉には作品名と作者名が入りますが、パステル調のグラディエーションで自費版の表紙の配色を意識しています。(色の配列は自費版とは異なる)

目次と巻頭言

 自費版は表紙の裏が巻頭言で、双葉洋装店の前でメモをする皆実と古田さんのモノクロイラストが。 扉はありません。(先の和紙が扉の代わりにもなっている様子) 一方の商業版は、扉の裏に見開きで目次が入ります。 平和大橋の上でウクレレを弾く皆実と背景には月夜と原爆ドーム。 目次の後が巻頭言で、自費版の絵をカラー化したものです。

夕凪の街(本編)

 「夕凪の街」の本編は2冊とも絵はもちろん同じですが、写植が異なります。 つまり、2種類の原稿が存在することになります。 これは、原稿が完成した後も雑誌掲載が難航し、作者が独自に自費出版用の原稿を作成していたという事の証明でもあります。(その後雑誌掲載より早くCOMITIA65の見本誌で発表)

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 自費版の写植は、ワープロか活版印刷で作成されているようで、ルビやページ数は手書きです。 セリフそのものは自費版から商業版の過程で数カ所(主に読みやすさを考慮して)、言い回しが変更されていますが、本編の内容にはほとんど影響ないレベルです。 ラストの1ページ前のフジミお母さんの呼びかけが、自費版では吹き出しで被われておらず、誰のセリフか判り難かったのが、商業版では直されているのも読者の分かりやすさを優先したのでしょう。 

 さて、本編の内容には関係ないレベルの変更と描きましたが、1ヶ所だけ大きな変更があります。 上のページ(商業版ではP14)の一コマ目の皆実のセリフ。 自費版では旭のことをイトコと言っています。 これでは、皆実は打越に嘘はついていないけど真実も言っていないということになります。 この時、まだ皆実は打越に完全には心を開いていないという事なのでしょうね。 商業版では”弟”と直されており、読者に余計な混乱を与えないように考慮されたのかな? それとも、皆実と打越の間に嘘は挟みたくないとの編集/作者側の配慮があったのかな??

空白のページ

 商業版では本編の後に空白のページ(P35)が設けてあり、あとがきで「このオチのない物語は、三五頁で貴方の心に湧いたものによって、はじめて完結するものです。」と続けられているが、自費版にはこの演出はなく、商業版の目次で使われたイラストの元絵が置かれている。 ちなみに商業版は十三夜だが、自費版は満月である。

参考資料・解説・あとがき

 参考資料と解説は「桜の国」に関する部分と、自費版オリジナルコンテンツに関する差異がある。 自費版では参考資料にイラストはない。 また、自費版の解説では項目が一部、登場ページ順になっていない所があります。

 さて、私がこの作品を読んで一番驚いたのが、実は本編の内容ではなく、解説の中で 作者が皆実の原爆症の説明が不十分だったと わざわざ補足している点です。 ”え、わからない人がいるの?!” 少年時代に、(当時)原爆死没者が全国で3番目に多いと自覚していた県の教育を受けていた私にとって、それは大変な驚きでした。 この驚きこそ、作者がこの作品を描こうとした原動力なのですね。

 あとがきでは協力してくれた家族の表現が、商業版では”父”・”姉”となっているところが、自費版では”お父さん”・”姉ちゃん”と より親しみを持った表現となっているのが面白い。 ちなみに自費版のあとがきは、最後に”二00三年十月 冷たい雨の午後に”で結ばれている。

駅前広場青空常設劇場の回顧録

 自費版オリジナルコンテンツである”駅前広場青空常設劇場の回顧録”は、昭和29年から31年にかけて通学で広島に通っていた広島市の菅原博氏(あれ、このヒトは?)が駅前広場で見かけた怪しげな商売をする人々の思い出を綴った回顧録である。 残念ながら氏の貴重な体験が作中に活かされているとは思えないのですが、当時の人々が必死でたくましく生きている様子が伝わってきます。 ここで注目したいのが、この”特別寄稿”に添えられたイラストです。

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 画面右端に学生時代の菅原氏が描かれているが、手前にいるのは皆実とフジミお母さん。 これは、皆実が病魔に倒れることなく、水戸の旭君に会いに行くところを描いたアナザーストーリー? そして、その横には買い物をする少女。 京花?? この年代、京花はもっと小さいと思うんだけど、これもアナザーストーリー? 少なくとも この時点で京花の原型が出来ていたという事かな。 さて、菅原氏は この後、無事に学校を卒業して建設会社に勤務するようになり、その後の”大空建研”につながっていくことになります。

広島市中心部地図、奥付

 自費版のほうの広島市中心部地図には こうのさんの実家が書いてありますが、商業版では消されています。 ”こっこさん”のあとがきに書いてありましたね。 ちなみに、この地図には「夕凪の街」の登場人物の住まいの位置が描かれています。 細かい設定だなぁと感心してたんですが、これは各登場人物の名前の元となった地名の場所なんですね。

 奥付には、”夕凪の街”と呼ばれていた原爆スラムの(当時の)現在の姿が描かれています。 「桜の国(2)」で打越と旭が語り合った場所ですね。

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 このイラストには女性が描き込まれています。 これは作者でしょうか? それとも七海の原型でしょうか?

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 奥付には、初出・発行日のほか、「読んで下さって、本当に有難うございました。」との作者メッセージが。 これは、偽らざる作者の気持ちなんだろうなぁ。

その他

 ページ数は商業版が104ページ、自費版が44ページですが、自費版は表紙と裏表紙もページ数としてカウントしています。 そして、自費版の販価が250円というのは驚き。 このクオリティで この値段! ほぼ原価じゃないかな? 作者にとって、自費版の出版は営利や名誉欲ではなく、とにかく自分の作品を読んでほしいという事だったんでしょうね。


削られた、あるいは目標が満たされて不要となった解説文

 自費出版版と商業版の単行本を読みくらべると、あらためて自費版の完成度の高さに気付く。 ”その1”でも書きましたが、作者は商業版単行本の刊行に際して、自費版から削ることはあっても、新たに書き加えることはしていないのです。(イラスト除く) それだけ、責任を持って(あるいは、これが出版の最後の機会だと思っていたのかも知れませんね)自費版を世に出したことがわかります。 

 その削られた内容の中に、作者がこの時 既に、後に「桜の国」と呼ばれる作品を描く固い決意を持っていたと分かる部分があります。 それが、自費版の解説の中で打越のセリフに言及した部分です。 ”避けて通った問題”として作者があげているのは、商業版では29Pの1・2コマ目にあたる部分の解説。 『今回はいろんなつごうから、この頁の上段の打越の言葉で片付けてしまいました。』と告白しておられます。 

 この”避けた問題”こそ、作者に「桜の国」を描かせた理由なのですが、作者は続いて『この作品よりもずっと厳しい過程を辿ることになるだろうけれども、いずれあらためて描かねばならない』と強い意志を示しているのです。

 また ”その1”で書いたことの繰り返しですが、私は「桜の国」は「夕凪の街」の反響を見た編集側からのリクエストだと思っていました。 しかし、作者は「夕凪の街」執筆の時点で、既に「桜の国」の構想をはじめていたということなのです。 その決意がより鮮明に分かる資料が、私がお借りした本には挟まれていました。

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 それが、作者の近況や同人活動を綴った「のののーと」です。

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作者の著作に関する年表 「夕凪の街 桜の国」バージョン [こうのまんがの謎]

「夕凪の街」執筆から「夕凪の街 桜の国」単行本発売、賞受賞くらいまでの年表。

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※クリックすると大きくなります。

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「夕凪の街」という物語 その2 [こうのまんがの謎]

 単行本のあとがきによれば、作者が「夕凪の街」を描きはじめたきっかけは平成14年(2002年)の夏に編集さんから”広島の話し”を描いてみないかと勧められたことだったという。 広島弁でまんがが描けると喜んだ作者は、すぐに編集さんが言っているのが”ヒロシマ”ということに気付いて困惑する。 広島市出身ではあるが、自身の身内に被爆者のいなかった作者にとって、それは自分などが踏み入れてはいけない領域だという思いが強かったからだ。 しかし、反対してくれると思った夫や友人から逆に勧められたこと、自分の中に感じていた(ヒロシマから逃げ続けるという)”不自然さ”が広島から遠い地に住む人々の中には意識もされずに存在していることに気付いたことにより、作者は筆を取る決心をする。 

 ちょうどこの時期、一向に売れもせず、原稿が速くもならないと自分の将来に強い不安を感じていた(「さんさん録」あとがきより)作者にとって、この”ヒロシマを描く”という挑戦は、自身のまんが家としての未来を模索する追い詰められた一手でもあったのだろう。 テーマがテーマゆえに編集からの注文やダメ出しは相当な数に上がったと考えられるが、しかし、広島在住の家族の手助けもあり、作者はようやく「夕凪の街」という作品を描き上げる。 作品完成の時期は不明だが、作品の性格上、平成15年の8月の雑誌掲載を見越して完成されたと考えられる。 だが、雑誌掲載はなかなか実現しなかった。 その衝撃的な内容ゆえに、出版社側が二の足を踏んだと考えられる。 批判を恐れてのいわゆる自主規制というやつだ。(「平凡倶楽部」の「東京の漫画事情」参照)

 雑誌掲載がなかなか実現しないなか、作者は自作の自費出版の道を模索し始める。 作者は”の乃野屋”という個人サークルを興して同人活動をしており、これまでにも単行本化の声のかからない、「かっぱのねね子*」や「こっこさん」を自費出版している実績があるのだ。 実際に雑誌掲載までの間に、同人誌用の原稿を完成させていたと推測されるのだ。(その3で説明) このような状況の中、平成15年の夏はあっという間に過ぎて行った。 しかし、秋になり転機が訪れる。 週刊漫画誌だった「Weekly漫画アクション」が休刊となったのだ。(週刊アクション休刊のいきさつは「上巻 と 冬の記憶」の回を参照)   (*「かっぱのねね子」の自費出版版は2004年刊行です。)

 ついに双葉社のスタッフは、「夕凪の街」を そのWeekly漫画アクションの最終号に掲載することを決断するのだ。 仮に作品に対するクレームが来ても、謝罪や訂正をすべき雑誌はもう存在しないからだ。 こうして、「夕凪の街」は”Weekly漫画アクション2003年(H15年)No.37・10月30日号(発売日 同年10月16日ころ)”に掲載される。 この作品の掲載により、こうの史代という作家の名前は業界人や一部の漫画ファンの中で知られていくこととなる。 翌平成16年(2004年)3月に漫画アクションが月2回刊で復活すると、「夕凪の街」の正当続編である「桜の国(1)」がアクション8月6日号(発売日 7月20日ころ)に掲載され、その後編にあたる「桜の国(2)」を描き下し収録した「夕凪の街 桜の国」の単行本が同年10月12日に発売されるのだ。 そして、その後幾多のメディアに取り上げられ、権威ある漫画賞の受賞、映画化と、作品発表から単行本発売までの流れは怒涛のごとくで、雑誌掲載までのすったもんだなど無かったかのようなシンデレラストーリーである。

 以上が、「夕凪の街 桜の国」という作品が辿った数奇な運命の概要なのだが、ポイントになるのが「夕凪の街」同人誌版の発売がいつだったのかという事だ。 そこで、貸してもらった同人版の奥付を確認すると、”2003年11月16日発行”とあった。 ”初出 weekly漫画アクション37号”との記載もある。 つまり、初出はアクションという事になる。 「最初に同人誌として出た」という話はガセだったのだろうか? 実は、11月16日という日付に問題を解決するカギが隠されていたのだ。 この日は作者も作品発表の場として積極的に関わっていた、”COMITIA 66”の開催日である。 同人版は、この”コミティア66”に合わせて発行されているのだ。 そして、コミティア66のHPを見ると、同人誌初出説の謎が解けるのである。

 その謎を探る前に、まず、”コミティア”が何なのかを調べねばならない。 コミティアは、いわゆる”コミケ(=コミックマーケット)”の一種で、同人誌の即売会かと思いきや、そのホームページには崇高な理念がしたためられていた。 コミティアは自らを、”自主制作漫画誌展示即売会”と位置付けている。 ”同人誌”という言葉には仲間内で楽しむものという意味合いが強いため、敢えて”同人誌”という言葉を使っていないのだという。 そういえば、確かにコミケは同人サークル仲間とその関係者(オタクさん、コスプレーヤーさん、お金儲けの人たち)のお祭りみたいな側面が強いのに対し、コミティアでは創作作家の作品発表の場としての意味合いが強いようである。 そして、”「創作物の発表の場」として販売物はオリジナル作品のみに限定”しているのも、パロディや2次創作ものが主流のコミケとは対照的である。 オリジナル作品であれば商業用の単行本でも販売していいのだ。 コミティアには、売れないプロ作家さんや、そうはなりたくないと思っているプロ予備軍の人が多く参加しているのもそのためか。 ああ、そういえば、作者の「長い道」収録の”道草”は 『自費出版』と紹介されていたな。 ということで、当ブログではコミティアの理念と作者の心意気を忖度して、今後は11月16日発行の「夕凪の街」を”自費出版版または自費版”、双葉社刊の「夕凪の街 桜の国」を”商業版”と呼称します。

 さて、本題に戻る。 そのコミティア66のホームページの「ごあいさつ」では、”本年のマンガ界最大の収穫”として自費出版版を取り上げている。 そして、その初出が”コミティア65の見本誌”であると解説しているのだ。 その見本誌の発行日は不明であるが、コミティア65の開催日は 2003年(H15年)の8月31日である。 つまり、「夕凪の街」は2003年の8月以前に、(アクション掲載よりも前に)この世に出ているのだ!! 私は、この作品にかけた作者の執念ともいえる気迫に(ちょっとオーバーだけれども)魂の震えすら感じざるを得なかった。 この思いは、この作品に触れ、そしてこの作者の自費版出版までのエピソードを知った者が共通して感じたことではないだろうか。(コミティア66の”ごあいさつ”を執筆された方もきっとそう感じたのでしょうね)

 

 商業版単行本出版の後のストーリーについて見てみよう。 H16年10月12日の商業版初版発行後、(地元の中国新聞などを除いた)主要全国紙で真っ先に本作を取り上げたのは、実は朝日でなくて読売新聞であった。 同年10月27日夕刊の「コミック館」の中で本作を新刊紹介で取り上げている。 この新聞記事掲載の情報を事前につかんでいたであろう双葉社は、前日26日の読売朝刊に掲載された自社の新聞広告に、急遽本作の広告を差し込んでいる。 自社の通常の広告を少し縮め、新聞記事わずか5行分の幅の、活字のみの、まるでしおりのような広告を挿入しているのだ。 これが、私が確認した限りでは最も早い本作の新聞広告である。 なお、10月に他紙に掲載された双葉社の広告は、朝日が10月30日朝刊に松岡修造の本をトップに、毎日が17日朝刊に西村京太郎をトップにしたものであった。 両紙とも「夕凪の街」はおろか、コミックスの宣伝は皆無だった。

 11月になると朝日が反応する。 11月28日の朝刊、「コミック教養講座」で1ページまるまる掲載して紹介している。 なお、11月の双葉社の新聞広告は、朝日が13日朝刊で佐伯泰英の「無月ノ橋」がトップ。 読売は28日朝刊に志水辰夫の「約束の地」がトップ。 毎日に至っては28日朝刊に「横浜中華街裏ワザBook」がトップで、「夕凪の街 桜の国」の広告はなかった。 まだまだ嵐の前の静けさといったところか。 しかし、12月になると状況は一変する。 

 12月17日、文化庁は第8回メディア芸術祭漫画部門の大賞に本作を選出する。 翌18日の毎日朝刊で本作の大賞受賞が小さく報道される。 それは、同紙に連載中の「毎日かあさん」が漫画部門優秀賞を受賞した記事のオマケという扱いにすぎなかった。 毎日は自分が調べる限り、本作を積極的には取り上げていないようである。 20日夕刊の「ほんの森」”今年のベストセラー”の記事では「デスノート」や「のだめ」などの紹介はあっても本作の紹介はなかった。

 さて、この漫画賞を受賞したことにより本作は怒涛の嵐に巻き込まれていく。 12月22日、読売夕刊の「コミック館」で”’04回顧”として2004年を彩った漫画を紹介しているが、本作をその特集の最後に写真入りで、『忘れたくない』作品として再び紹介している。 そして、26日には読売と朝日で、29日には毎日紙上で双葉社は本作一本に絞った広告を掲載している。 『文化庁メディア芸術祭大賞受賞』、『大増刷出来』とのアオリが。 同社にとってコミックだけの広告は、おそらく「クレヨンしんちゃん」以来ではないかな?

 年が明けて2005年(H17年)の3月29日、朝日朝刊に(だけ)手塚治虫文化賞の候補作が決まったという記事が載る。 ちなみに同賞は朝日新聞社主催である。 4月9日、朝日朝刊に再び本作一本の広告が掲載される。 通常は1/2幅の広告のところ、なんと1ページ幅まるまるの広告である。(3月に双葉社の広告載ってなかったからな) 『15万部突破』、『映画化決定!』との文字が躍る。  4月10日、読売朝刊「本よみうり堂 愛書日記」で社会学者の佐藤俊樹が「広島とヒロシマ 重い距離」として本作を紹介。 読売3度目の紹介である。 4月24日、読売朝刊の双葉社広告はやはり本作一本である。 内容的には『メディア芸術祭大賞受賞』、『大増刷出来』と、昨年と12月の物と同じ。 朝日の広告のような新情報はなかった。 4月27日、読売朝刊(あれ、夕刊だったかな?)に4たびの登場。 「コミック館」の中で”コミティア72”の中で「夕凪の街 桜の国」を中心とした”こうの史代原画展”が開催されることを告げている。 そして、「夕凪の街」の初出が”コミティア65の見本誌”だったというエピソードまで紹介しているのだ!! 読売すごいな! ちなみにコミティア72は5月5日の開催で、原画展はその後、全国の書店を巡ったという。

 5月10日、朝日朝刊は第9回手塚治虫文化賞新生賞に本作が選定されたことを伝え、作者のインタビューを掲載している。 こうして、書店に並ぶ商業版コミックスの帯には、『ダブル受賞』、『映画化決定』の文字が並ぶことになる。 私が持っている商業版コミックスには、まさにその帯が付いている。 当時、私は欧州に赴任中で朝日新聞の衛星版を読んでいた。(読売が選べなかったんだよ!) 日本の本を取り寄せると3倍の値段になるので、購入するコミックスの量もどんどん減ってきて、まあ、漫画はもういいかな... そう思ってた時だった。 そんなときに一連の本作の報道を目の当たりにしたのだ。 もし、私が山口県出身でなかったら、(広島・長崎ほどではなくとも)他の地域の人よりも ほんの少しだけ原爆のことを心に留めていなかったら、この作品に興味を持つことはなかっただろう。 そして本作を取り寄せて読んだ時の衝撃。 それは原爆がどうのこうのというよりも、純粋に『漫画ってまだこんな表現が出来るんだ!』ということであった。 本作と出会わなければ、私はとっくの昔に漫画から足を洗ってたと思う。

 

 以上のようないきさつの後、作者は連日連夜 あらゆるメディアからのインタビューに翻弄されることになる。 習慣だった日記をつける暇もなくなり、新たに予定されていた単行本の準備作業も進まなくなるほどの忙しさ。 まさに、作者が永年夢見ていた売れっ子の生活である。 正直、この時に作者が”勘違いして”、評論家などのあらぬ方向に向かったとしても不思議ではない状況であった。 だが、幸いにも作者は賢明だった。 自分に群がる記者たちが、自分の事も自分の作品のことをも、実は見てないということに気付いたからだ。 「さんさん録」のあとがきの中で作者は当時を振り返り、「足元を見失なわなかったのは淡々とした日常を描いていたからだ」と言っている。 

 この、”淡々とした(少しビンぼったらしい)日常”を描けるというのは、実はこの作者の一番の才能であり、魅力である。 リアルな日常生活から不必要なものをそぎ落とし、誇張するもの・残すもの・創作するものを吟味してフィクションの中に日常を感じさせるという手法は、その切り取り方の基準を含めて、このヒト独自のものである。 だからこそ、編集さんは敢えてこのヒトに”ヒロシマ”を描かせたんだと思う。

 「夕凪の街 桜の国」や「この世界の片隅に」が多くの人の共感を呼ぶのは、このフィクションの中に造りこまれた”日常”によって、多くの読者が初めて”太平洋戦争”を自分事として考えられるようになったからに他ならない。

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「夕凪の街」という物語 その1 [こうのまんがの謎]

 NHK広島放送局は自局の開局90周年記念番組として、こうの史代原作の「夕凪の街 桜の国」をドラマ化し、H30年8月6日に放送することを発表した。 このドラマ化にあたっては、「桜の国」の舞台を現在、すなわちH30年として、皆実の生きた昭和30年と重ね合わせるという、「この世界の片隅に」の連載で用いられた手法を踏襲する試みがなされている。 このため、「桜の国」の登場人物は軒並み”高齢化”し、原作では28歳の七波が46歳とアラフォーになったばかりか、七波の旅の伴が東子から凪生の娘 ”風子”というドラマオリジナルキャラクターに変えられている。

 このような強引な設定変更をしてまでも広島放送局が自局の節目の年の記念番組としてこの作品を選んだのは、言うまでもなく、この作品が持つ稀有な力と魅力によるものだ。 この作品については既に幾百の評論が為されているが、漫画という枠を離れても、例えば 原爆文学の歴史の中でも特別に1章を割いて論ぜられるであろう歴史的な価値を持っているし、実際に広島における原爆語り部活動にも多大な影響を及ぼしている。

 また、この作品自体が辿った数奇な運命も我々の興味を引き立てる。 この作品は原作者の漫画家としての運命を変えただけではなく、「夕凪の街」の執筆から雑誌掲載への紆余曲折、自費出版版の刊行から「桜の国」掲載、そして商業単行本化から その後の狂騒と、この作品の成り立ちを見るだけでも幾多の濃密なドラマがある。 ここで注目したいのが、「こうのまんがの謎???」でも触れた「夕凪の街」同人誌版の存在である。

 「夕凪の街」は、かつて週刊漫画誌であった「Weekly 漫画アクション」の最終号に掲載されたが、作者はその掲載前に既にこの作品を同人誌として世に送り出すことを決意していたという。 一説には、その同人版の刊行は雑誌掲載よりも早かったという。 私は この作品にかけた作者の思いが知りたくて、何とかしてこの同人版を手に取ってみたいと願った。 所有しなくてもいい、とにかく一度見てみたいと。 私はヤフオクのほか、中古同人誌の販売サイトなどをあたって、「夕凪の街」同人版を探しまくった。 そしてこのたび、ある”つて”より期限付きでこの同人版を貸していただく幸運に恵まれた。(私、学生時代に こういう方面に顔が利く人間たちが周りに結構おりまして… 庵野秀明の宇部高時代の8ミリ作品も見せてもらったし。 思えば”オタク”という言葉が世に出る前から活動してたな彼ら。 今は社会的に地位のある人ばっかりですが)

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 1週間貸してもらった「夕凪の街」同人版と私所有の商業版単行本。 念願の同人版を読んだ率直な感想は、”驚くべき完成度”でした。 商業版と較べると、当然、「桜の国」パートがないのとカラーページがないだけで、その他の内容はほぼ商業版単行本と同じなのです。 作者は商業版単行本刊行に際して、削ったところはあっても 描き足しているところは(ほぼ)ないのです。 それだけ、責任を持って この「夕凪の街」同人版を世に出したということなのです。 

 そして、新たな発見もあった。 この「夕凪の街」同人版には「桜の国」の”さ”の字も出てこないはずなのだが、実はこの作品の執筆中、既に作者は後に「桜の国」と呼ばれる作品の構想を固めていた…というよりも、必ず描き上げる、どんなことをしても必ず世に出すと固い決意を抱いていたことがわかるのだ。 私は、「桜の国」は「夕凪の街」の反響を受けて、編集側から追加発注された作品だと思っていた。 すなわち、「夕凪の街」の単行本化を早めるために企画された作品だと。(いや、「桜の国」も大好きですよ) しかし、作者は最初から「桜の国」を「夕凪の街」の対となる作品として構想していたのだ。 だから単行本のタイトルは「夕凪の街 桜の国」と並列になっているのだ。  

 「この世界の片隅に」劇場版の製作プロセスは、それ自体が良質なドラマとしての不思議なストーリー性を持っているが、この「夕凪の街 桜の国」という作品も実に不思議な歴史に溢れており、それが作品の魅力をさらに高めているのだ。 「夕凪の街」同人版の中身を検証する前に、まずはこの作品を巡る歴史について調べて見ようと思う。 

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週刊漫画ゴラクで こうの史代新連載! え、どこどこ?? [番外]

 本日(H30年3月30日)発売の週刊漫画ゴラクから こうの史代の新連載が始まるとのこと。 早速コンビニに行って漫画ゴラクを手に取ってみた。 えっとー、どこ? どこ? 見当たらない。 目次をみる、312ページ。 ・・・・ 見つからない。 もう一度、目次や次週予告を見る。 「裏表紙カラー1P連載」? うーん、カラーページを見ても見つけられない。 ・・・・

 もう一度、目次を見て・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ハッ!と気付いて雑誌を裏返す。 ここだ! ホントに裏表紙1枚だ! 「百一 Hyakuichi」というこの作品(?)は小倉百人一首をモチーフとした1コマ漫画のようだが、・・・・・ ここって、雑誌で一番大切な(高い)広告スペースじゃなかったっけ? 日本文芸社さん、ここの広告収入捨てたの? いやいや、ひょっとして売れた単行本の印税を全てなげうって、この広告スペースを買い占めた? 少なくとも100回分???(「長い道」のあとがきにはそのような旨の野望が書いてある) 相変わらず、すげえことやるなぁ。

 作品自体も謎である。 このまま、ただの百人一首紹介1コマ漫画になるのか? それとも、通して読むと 緩やかにストーリーが進展する漫画になっているのかな? いずれにせよ、週末はコンビニで裏表紙チェックの日々が始まるのね。


(H30年4月7日追記) 2回目は小野小町でした。 7首目、9首目と来てますね。 ところで、この主人公は誰? 作者の自画像にしては丸すぎる気がしたんだけど、今回の目つきの悪さは…作者?? 

 そして今回、この女性が一人暮らしであることが暗示されますが… つーことは、30歳前に付き合ってた彼氏と別れた後の作者、もしくは作者の分身?? そして、あの人は”シアワセになったかなぁ”と思う日々を過ごし、やがて彼氏と復縁して結婚するまでの、つまり作者の青春時代の思い出に沿って百人一首の世界を巡るのだろうか? 2年間かけて。

 うーん、まだまだ謎は深まるばかり。 それから漫画ゴラク、コンビニ巡っても、先週より見つけにくくなったぞ。

(H30年4月30日追記) 4回目は墨絵調。 これはひょっとして、”住之江”と”炭の絵”をかけている? ダジャレ?? そういえば、初回は”三笠の山”の句に”どら焼き”が出てたんだけど、これは、あの有名な文明堂のどら焼きの商品名が”三笠山”というのを後から知りました。(作者が長年住んでいた中野の駅前には文明堂がある!) やっぱりダジャレもあり??? どこへ行くんだ、この連載?!

(H30年5月12日追記) 5回目は”みかの原”の句に、お腹のぜい肉を見せ合う お水のお姉さんたち。 ひょっとして、”ミカの腹”???? やっぱりダジャレだ! そして、驚いているお姉さんの中には ”いずみ”もいるのか? あ、和泉式部? あの主人公は平安美人がモチーフかなとは思ってたんだけど、じゃあ誰がモデル? 和泉式部、紫式部、清少納言…

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こうのまんがの謎?! [こうのまんがの謎]

「桜の国」 七波は彼氏が出来ないんじゃなくて つくらない?

 「桜の国」のラスト、七波が父・旭から彼氏が出来ないことを心配されて終幕となる。 これ、七波は出来ないんじゃなくてつくらない、つくれないんじゃないか? 仮に好意を寄せてくれる人が出来ても、自分から出自を語って別れてきたんじゃないか? 生まれつきの喘息でずっと病院にいた凪生と違い、七波は母や祖母が倒れるところをまじかで見てきた。 自分は家族を持ってはいけないのだとの思いが、原罪のように彼女の肩に重くのしかかっているのではないか?

 七波や凪生が父から原爆の話しをどういうふうに聞かされていたかは不明だが、凪生のほうは母が倒れた時はまだ幼くて状況を理解しておらず、また、医師として科学的な知識もあることから、原爆の惨禍は自分にとってははるか昔の話しだと考えていたのではないか? だから、まさか自身にまで原爆の咎が及ぶとは考えもつかなかったのだろう。 この七波と凪生の関係は、あの日 広島にいた皆実と、水戸に疎開していた旭の関係に重なる。


「さんさん録」には東子が出ている?

 「さんさん録」の”第16話 明暗”の回には東子を思わせる女性が、ちらっと登場している。 1カットだけで髪の色もちょっと違うんだけども、そのほわぁーーっとした感じは東子のそれと共通している。 この女性と参平達とのからみはないが、この女性の娘と参さんは濃厚接触している。

 自分の孫の乃菜と間違えて家に連れて帰ろうとするのだが、女の子は嫌がりもせずニッコリと”ばいばい”と挨拶をしてくれている。 ふつうなら女の子が泣くか、母親が怒って連れ戻そうとする描写が入るのだが、この女の子のかわいらしさが強調されているようで、端役の割には厚遇されている。 この子の髪の色や表情には東子の面影が感じられるのだが、作者は読者に東子とその新しい家族を見せたかったのだろうか?

 この女の子にはもう一つの可能性がある。 ”りなちゃん”によく似ているのだ。 ”りなちゃん”は、メイド調のドレスを着たツインテールの女の子で、「ぴっぴら帳」の背景に何度か描き込まれている。 特にセリフとかはなく、登場の度に微妙に感じも違っているのだが、例えば作者の知り合いの作家さんのキャラクターなのか? それとも、作者の姪御さんをキャラクター化したものか?


「さんさん録」 礼花さんの故郷はどこ?

 「さんさん録」の”第32話 春の海”の回で、突如里帰りしていた礼花は参平に自分が抱えていた苦悩を赤裸々に告白する。 この礼花の抱えていた悩みだが、ふつうは女性が絶対に男親に話したりはしない性格のものだ。 これを舅の参平に告げるという事で、”家族の寓話”としてのこの物語が大団円を迎えたことを読者に強く印象づけているが、このシーンをより盛り上げているのが、礼花の故郷のひなびた海岸の風景だ。 この海岸のモデルはどこだろうか? 

 こうのまんがでは礼花のほかにも広島県出身者が何人かいるが、「こっこさん」の みなもお母さんもひなびた海岸沿いに実家がある。 どうも、この二人の故郷は同じところがモデルであると考えられる(と、私だけ思っているのだが)。 礼花側の実家には場所につながる描写はないが、みなもさん側には”ローカル線からフェリーで渡る瀬戸内のひなびた島”ということがわかっている。 では、仮に二人の故郷が同じと仮定して、広島のフェリーで渡る島をgoogleで順番に調べて見ることにした。 目印は特徴的な半円型の階段と直線的な階段がある海岸である。

 まず、真っ先に思い浮かぶのが宮島(厳島)である。 宮島は「桜の国」の七波の伯父・元春が住んでいることになっている。 しかし、世界的な観光地である宮島には作中のひなびた雰囲気はなく、また条件に見合う海岸も見当たらない。 次は作者にも縁の深い呉市沖に浮かぶ江田島(能美島)だ。 江田島は隣の倉橋島から橋で地続きになっているが、広島や呉からのフェリー航路が今なお残されている。 しかし、島の外周を見渡しても条件に見合う海岸は見当たらない。 倉橋島もしかりである。 てっきり、広島市~呉市近郊だと思っていたが…

 と、ここで、呉市図書館所蔵の歴史雑誌に載っていた、こうのさんのインタビュー記事を思い出す。 確か、おじいさんが竹原出身だとおっしゃってたな。 実は竹原市自体には島はない。 しかし、竹原港から沖の大崎上島、大崎下島までフェリーが出ているのだ。 そこで、大崎上島をじっくりと観察すると... あるっ! あの、特徴的な半円形の階段と直線的な階段を持つ海岸が複数ある。 海岸線から見た沖合の島々の風景も作中に描かれていた感じが出ている。 また、大崎上島は”河野家”のルーツに当たる河野水軍にもゆかりの深い土地でもあるのだ。 ここは作者にとって、子供のころに家族で海水浴や潮干狩りを楽しんだ思い出深い地なのだろうか?

 Googleからの検証では、作中の条件に完全に一致する海岸は見つけられなかった。(すでに海岸線の再開発も行われているようでもある。) また大崎上島の東側の(連載当時すでに開通していた)”しまなみ海道”の島々のいくつかにも、同様の階段を持つ海岸は見受けられる。 そもそも、時間の都合で関東近郊の海岸で取材を済ませた可能性もある の だけど、大崎上島と大崎下島はいいとこらしいので、自分的にはココだという事にしておこう。

 礼花さんの置かれていた状況は、うちのヨメさんと非常に酷似していたので、”春の海”のこのシーンは特に私の心に印象深く刻みつけられている。 そういえば、ヨメさんにあらためて礼をしていなかったかな?と思い、単行本の このシーンの載っているページに”ありがとう”というメモを挟んで、ヨメさんの目に付きそうなトコに置いておいた。 すると数日後、ヨメさんがニコニコしながら『読んだよ』と言ってくれた。 うーん、私の予想では涙ぐむかと思ってたのに、オンナ心はよく分からないな...


3丁目の夕日?

 この「さんさん録」の礼花と「ぴっぴら帳」のキミ子には共通点がある。 二人とも広島の片田舎から上京して、それぞれの天職ともいえる職場で働いているのだが、二人とも”個人商店”に就職している点だ。 いや、花屋さんや食堂に勤めたいのなら広島でもいいでしょ? まるで集団就職で上京してきたようだ。 「三丁目の夕日」の世界である。

 この二人の働き方は、漫画家になるために上京したものの、生活のためにバイトをしていた作者の青春時代が投影されているようだ。 特にキミ子の方には、将来 月かスペースコロニーで食堂をするという大きな目標を持っている点が作者と共通している。 では、礼花の方はどうか? 花屋で働くことに大変な執着を持っており、詩郎とたびたび衝突していたことから、やはり街のお花屋さんになることを夢見ていたのであろうか? でもこのヒト、結構 画材とかクラフト用品に詳しいんだよね。 フラワーアートの作家さんになるのが夢だったのかな? 


「平凡倶楽部」の編集さんて...

 「平凡倶楽部」は作者初のエッセイにして、初web連載の作品だ。 雑誌のような作品をというコンセプトの元、作者が日々の生活を通じて見かけたもの、気が付いたもの、考えていることが実に様々な表現手法で、そしてユーモアを交えて描き分けられる。 エッセイというジャンルの特性上、そして作者の性格からして、ここに書いてあることは ほぼ真実なのだと思うが、しかし作品を読み進めていくと、「おや?」と思うところが数カ所ある。

 その最たるものが、”或る小説家”の回に出てきたファックスである。 これは、担当の菅原さんから作者へ宛てた打ち合わせのファックスであるが、菅原さんの愉快な性格を実によく表したおちゃめな内容である。 このファックスの最後には「個人名以外はほぼ原文のままです」との著者注がわざわざ記してある。 このファックスの登場人物は担当の菅原さんと宛名となっている作者の二人である。 菅原氏は、この作品のほかの部分でも菅原さんとなっているので そのまま紹介されていると考えられる。(名前のほうが変名になっている可能性はあるが) 

 一方の作者の方は”こぅふみ さん”とされている。 一般に、漫画誌の編集者は作家をペンネームではなくて本名で呼ぶそうだが、仮にこのファックスの宛名が作者の本名で書かれており、それを作者が自身のペンネームあるいはペンネームをもじったニックネームに代えていたとしても、そんなことをわざわざ注記する必要があるだろうか? 別に”河野史代”だか”文代”とか書かれていたものが、”こうの史代”もしくは”こぅふみ”になっていたって、読者は気にも留めないはずだ。

 しかし作者は性格上、宛名に書かれていた表現を代えざるを得なかったことを非常にためらい、なんとかこの愛おしい担当編集者の努力とユーモアを読者に伝えようと腐心したのではないか。 そう、これは単に書いてあった名前自体が問題ではなく、その表現がそのままでは読者に誤解を与えかねないと代えられたのではないか? では、どのように書かれてあったのだろうか? 例えばである、そこには ”親愛なる史代お姉さまへ”とか、”いつまでも美しいふみよ姉ちゃん江”とか書いてあったのではないか?

 この担当の苗字は、こうのさんの実家のそれと同じである。 このヒト、こうのさんの実の弟さんか、いとこではないの? 身内と一緒に仕事をしている!とかいろいろ詮索されるのが嫌で表現を変えたんだけども、この担当者のおちゃめな努力は何とか残したいと考えた上での”こぅふみさん”であり、あの著者注となったと考えるのはこじつけ過ぎかな? (弟さんとしたらちょっと年が離れすぎているか) まぁ、苗字が同じなのは たぶん偶然なのだろうけど、でも、同姓のよしみで日ごろから、”お姉さん”、”弟よ”と疑似姉弟ごっこをしていて、今回も姉に対してのような宛名にしていたのではないかな? だから読者に対して余計な誤解を与えないように代えたのだと... 考えすぎか?

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こうのまんがの謎??? [こうのまんがの謎]

こうの史代にファッションセンスはないのか?

 こうのまんがを読んでいて気になることがある。 それは主人公の服装が、とても女性作家が描いているとは思えないほどに絶望的に地味なことだ。 すずさんがいつもモンペと下駄ばきなのは仕方ないとしても、キミ子はほぼ着た切り雀だし、道はいつも学校指定のような靴しか履いていない。 青春時代はまんが(とレディース活動?)一筋でファッションに関心を持つ余裕がなかったのだろうか?

 一方で、例えば堤防をよじ登る道や 玄関で靴を履く礼花といった何気ないしぐさの中に表現された女性のたおやかさ。 女性らしさをこのような日常の切り取り方で表現しきった作家を私はあまり知らない。 ああ、そうか、このヒトはパターン化や記号化の基準が他の人と違うんだ。 一般にファッションセンスがあるといわれる作家は、資料用の写真を自分なりに噛み砕いてカッコよく見えるように、ポーズや服の造形を再構築(誇張と省略)している。 反対に4コマ漫画などの作家は、登場人物の服や靴を極限までデフォルメ(記号化)している。 このヒトはその両方ともをやっていないのだ。

 もちろん、こうの史代もパターン化/記号化をやっている。 たとえば、私たちはすずさんが巨乳なのか貧乳なのか全く想像できない。 それは、作者が(他の女性作家がよくやるように)女性の胸を中性的に描いているためだ。 おなじみのトホホ顔も記号化の一つだし、背景に必ず出てくる つがいのスズメもパターン化の例だ。 しかし、各登場人物の服装や靴は誇張も単純化もされていない。 彼女らの性格や職業に応じて、相応しい服や靴が実直に与えられているのだ。 

 こうのまんがの(デフォルメされているはずなのに)リアルに思える生活感は、実はこういった彼女らの地味な服装から来ているのかもしれない。


「夕凪の街」の初出は同人誌?

 「夕凪の街」はこうのさんの運命を変えたといっていい作品だ。 既にデビューして10年余、いろいろな雑誌やジャンルに挑戦してはいるものの、世間からそれほど知られもせず、単行本は1冊出ただけで続刊の予定もない。 忙しい割には売れもせず、うまくも早くもならずに自分のまんが家としての将来に漠然とした不安を抱いていた頃に、編集から勧められ、夫や友人が反対してくれなかったので描いた一遍の作品。 しかし、この作品によって こうのの名は世間に知られるようになり、過去の作品も次々と単行本化され、そして結果的に「この世界の片隅に」という実験的な作品をも描かして貰う機会を得ることとなるのだが…

 なんと、「夕凪の街」の初出は同人誌というのだ。 これはどういう事か? 「夕凪の街」の同人誌版があること自体は知っていた。 作者はこの作品以前にも、単行本化の目途の無い「かっぱのねね子」や「こっこさん」を同人誌化している。 「夕凪の街」の単行本本体に描かれた切り絵調のイラストも、同人誌版の表紙のために描かれた絵だという事も知っていたのだが、その同人誌版は本作がアクションに掲載された後、単行本が出るまでの間に刊行されたものだと思っていた…

 作者自身が作品発表の場として活用していたCOMITIAのホームページには、「夕凪の街」がアクション掲載よりも前にCOMITIAで発表されていると明言してあるのだ。 アクションの編集の求めに応じて描いた本作だが、作者が同人誌として発行を決断せねばならないほどの障害が立ちはだかっていたという事か?

 この「夕凪の街」同人誌版発刊に至る経緯については、現在、ある特殊なルートを通じて鋭意調査中である。 


「桜の国」 東子は妊娠しているか?

 「夕凪の街」の正統続編である「桜の国」は、父・旭の謎の行動を探るために着の身着のままで家を飛び出した七波が、偶然再会した幼なじみの東子と一緒に父を追って広島へ向かうという物語だ。 東子は実は家出をしてきており、その原因が付き合っていた七波の弟・凪生から突然別れを告げられたためだったという事が判明するのだが… 作中、東子は凪生の子を身ごもっているのでは?という描写が見受けられる。 直接的な表現はないのだが、たいへん巧みな構成で、読者の思いにより どちらにでも解釈できるように作ってある。

 妊娠派の根拠はこうだ。 ①単行本のP58で、身を隠す七波の後ろの病院の看板、自然と目が行くところに”産婦人科”と書かれてあり、サブリミナル効果を発揮している。 ②東子は衝動的に家出してきたはずなのに、身体を冷やさないための上着を複数持って来ている。 ③広島平和記念資料館を見学してきた東子が吐いており、つわりを表している。 ④ふられただけで病院に辞表を出している。

 一方で、それぞれの反証としては、①こじつけすぎ! ②根っから冷え性なんだってば。 ③睡眠不足と夏バテもあるでしょ! ④それが女心だってば!! と言えるだろう。 しかし、ここで注目したいのが③である。 休憩のためにホテルに行き、上着の中の手紙を見つけるという流れに導くためなら、別に吐かせなくても気分が悪くなるだけで十分成立するはずだ。 「夕凪の街」では細心の注意を払って言葉を吟味し表現を押さえた作者だ。 誤解を生まないため、いくつかのエピソードを涙を呑んで削ったとのことだが、それでも商業誌掲載までには困難を極めたという経験を持つ作者が、敢えて原爆資料館を見た後の東子に吐かせているのである。 『原爆の犠牲者に対して失礼だ!』といった的外れな批判をする輩が多く予想されるのに、敢えて である。 

 考えられることとしては、やはり新たな命の芽吹きを暗示することでクライマックスでの七波の思いを補完しているのではないかということだ。 東子を凪生に引き合わせた後、七波は自分は”自らの意志で父と母(胎内にいる時に被爆)の子として生まれてきたのだ”と確信する。 これは、いわゆる”被爆2世”と呼ばれる人たちが 単に”気の毒な被害者”ではなく、その人たちの命も私たち同じく眩く尊く、意味のあるものだという作者の強いメッセージの表われだと思うのだ。 そして、凪生(いわゆる被爆2世)と東子(作者や私たちと同じく何も知らなかった、あるいは知らされてなかった人)の間に新しい命が宿ることを暗示し、この子もまた、この二人を選んで生まれてくるのだという事を示したかったのではないだろうか。

 また、もう一つの考えもある。 東子は、”広島に来れば両親もきっとここが好きになる”と言っているが、彼女の場合はけっして上辺だけで言っているのではない。 広島原爆の惨状を気持ちが悪くなるまで固視して、なおそのうえで言っているのである。 東子は広島のありのままを(そして”2世”としての凪夫のことをも)受け入れたとするためには、必要な表現だったのかもしれない。 東子の言葉は、これもまた、作者が繰り返し言っている、たとえば『よう広島で生きとってくれんさったね』という言葉と同じ重みを持っているのだ。


 実は、「夕凪の街」同人誌版の刊行の経緯を調べているうちに、作者のこの作品(「桜の国」のほうね)に対する、ある思いを知ることが出来た。 それにより、私が「桜の国」に抱いていた ある小さな誤解が解けた。 そして私は、この作品のことがもっともっと好きになったのだ。 

 

「長い道」 6話余るんだけど…

 「この世界の片隅に」にならって、他のこうのまんがでも作品年表を作ってみることにした。 各作品の掲載月に従って、サブタイトル・作中に出てくる草花や風物・トピックスなどを記入していった。 こうのまんがは季節感がしっかりしているので、これだけでも楽しい。 ところが「長い道」の年表を作っていると奇妙なことに気が付いた。 季節が少しずつずれているのだ。

 長い道は「Jour 素敵な主婦たち」のH13年3月号からH16年12月号まで46カ月にわたって掲載された長期連載だが、最初の正月までに一月、2回目の正月で3か月分、季節がずれている。 そして、最終話までに各話のサブタイトルが収まり切らないことにも気が付いた。 目次を数えてみると単行本には54話収録されている。 このうち、「道草」はH14年3月に自費出版されたもの、「蜜柑の国」は単行本発売直前のH16年4月に「まんがタウン」に描き下された、いわば番外編。 つまり本編は計52話という事になる。 6話余ってる! ダブルヘッダー掲載の月があったということなんだろうか?

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こうのまんがの謎?? [こうのまんがの謎]

「ぴっぴら帳」 「山田のり子」にぴっぴらさんは出ているか?

 「ぴっぴら帳」の”その63”には、たかの宗美の「派遣戦士 山田のり子」より、山田さんと同僚の広田さんが客演している。 これは「山田のり子」の単行本1巻発売を記念したコラボのようだ。 たかのは こうのと同じように愛鳥家で、また複数出版社を出入りしている苦労人という共通点があるため親交があったのだろう。

 さて、コラボという事なら同時期(H14年8月号)に「山田のり子」の方にも「ぴっぴら帳」のメンバーが客演してはいないだろうか? そこで、ある特殊なルートを通じて調査してみることにした。(Book offの立ち読み等ですが…) ちょうど「山田のり子」の”file.34”がその回に当たると思われるのだが、残念ながら ぴっぴらさんやキミ子は見当たらない。(ハトが出ているだけ) しかし、タイトルバックで山田のり子が着ている”派遣戦士”柄の浴衣には、後の径子が着る”小姑”柄の浴衣に通ずるものがあると思うのだが… 今回は片道コラボだったのだろうか?

 このコラボの後、「山田のり子」は”まんがタウン”の看板作品へと成長していき、たかの自身も複数誌に人気連載を抱える、まさに こうの自身がこうなりたいと夢見ていた売れっ子作家になっていく。

 ところでコラボではないのだが、こうのと同郷の とだ勝之の「Mr.釣りどれん」には こうのが背景やモブキャラを描いている場面があるらしい。 これは、こうのが漫画家になることを決意した時に大学の先輩にあたる とだを頼って上京し、そのまましばらく とだのアシスタントを務めたからなのだとか…  うーん、「ミス釣り」全巻持ってたんだよねぇ。 引っ越しの際に処分しちゃった! もったいないことしたなぁ。 特殊なルート(ブックオフ)でも、もう見かけないんだよね。


「街角花だより(日和版)」には幻の第1話がある?

 「街角花だより」は作者のデビュー作だが、このデビュー作の連載が終了した6年半後にリニューアル版の連載が始まっている。 主人公の苗字が変わったほかは、ほぼ当初の設定のまま新たな連載が始まったのだが、単行本では主人公の苗字を取って、それぞれ”明石版”、”日和版”と区別されている。(”明石版”は「クレヨンしんちゃん特集号(後のまんがタウン)」、”日和版”は「まんがタウンオリジナル」に掲載)

 単行本には新しい”日和版”から掲載されているが、その第1話にあたる”コスモス日和”は単行本発売(H19年3月12日)直前に新たに描かれたものだ。(まんがタウンH19年2月号) ユリイカ”こうの史代特集号”の著作情報などによると、”日和版”本来の第1話は「まんがタウンオリジナル」のH13年12月号に掲載され、単行本には未収録なのだという。

 一方で、”明石版”の最終回はコンテの段階で”ボツ”になったバージョンを単行本のためにわざわざ描き下している。 作者は本作、特に”日和版”のことを、”全然駄目なまま”で、自分の”理想と挫折が詰まっている”ので”ようやく見切りをつけられる”、”二度と、じゃない三度と描くか!”としている。 本当は全編描き直したかったところを、第1話だけに留めておいたという事か? それにしても、幻になった”日和版”第1話。 いったいどんな作品だったんだろうか?


「ぴっぴら帳」 キミ子は何と言っている?

 「ぴっぴら帳」の”その69”は、久々に再会したキミ子とツナさんが お互いのお国ことばで会話するので周りの人間には何を言ってるか全くわからないという内容だが、この時 ツナさんの方言はローマ字の筆記体で表現されている。 読んでみると『不器用さを克服するために毎日 髪を三つ編みにしています』といった作者の私信が書いてある。

 一方のキミ子の方言は、なにやらドミノのコマのような、サイコロの6の目をパターン化した記号で書かれており、容易に解読することは出来ない。 これは、6の目のパターン(3進数か?)に仮名かアルファベットを割り当てた暗号のようだ。 早速、全パターンを書き出して、それに考えられる文字を割り当てて解読できるかどうかやってみようと作業を始めた。 同時に、これが既によく知られている暗号パターンなのではないかと探していた所、同様の記号列を発見! あ、これ点字だ!!

 そこで点字の対訳表を用いて読んでみると... ううっ、目頭に熱いものがこみ上げてくるのを禁じざるを得ません。 当時、作者は複数連載を抱えていて一見順風満帆かと思いきや、先の「街角花だより”日和版”」でも触れたように、一向にうまくも早くもならず、ちっとも売れず、これだけ苦労しているのに他人からは”寡作”とか”遅筆”作家と呼ばれ、自身のまんが家としての将来に大変な不安を抱えていたようだ。(この辺の作者の胸中は「さんさん録」のあとがきに書いてある。)

 気になった方は「ぴっぴら帳」の新装版コミックスを買って是非解読してみてください。 じゃあ、そうしてみようと思ってくれた貴方なら、きっと こうのさんの願いを叶えてあげられるんじゃないかな? 新装版はカラーページ完全再現で本当にいい本のようですよ。(私は旧版を揃えられたので、それを大切にします)


こうの史代は元〇〇?!

 こうの史代という漫画家は、自身や自身の家族の身近に起こった出来事を、かなり忠実にまんがのモチーフに反映させているようだ。 よほどネタに困っていたのか、同じネタの使いまわしも見受けられる。

 自身が住んでいた広島・呉・中野区、伯母さんが住んでいた茨城は そのまま作品の舞台になっている。 「夕凪の街」の平野家の家族構成は、作者の家族構成を反映したもの(こうのさんの次女というポジションは、そのまま皆実に反映されている)だし、夫が双子ということはキミ子の姉、トキ子とマヨ子の設定に使われている。 自身の花屋のバイト勤めや、父親が建設会社務めというのも作品の設定に活かされているし、ニワトリや小鳥を飼った経験でまるまる一本の作品を成立させている。 また、野鳥を拾った経験も複数の作品で活用している。 果ては、自分の恋愛体験まで作品に反映させているのだ。

 このように、自分の人生そのものをまんがに捧げているような作者だが、そうすると、ちょっと心配なことがある。 初期のこうのまんがには、やたらと”元ヤンキー”の話しが出てくるからだ。 「ぴっぴら帳」では、キミ子が かつみ の少女時代を勝手に元ヤンと妄想したかと思えば、作品後半にテコ入れキャラとして登場する かつみのいとこ 景紀は、まんま 元ヤンキーという設定である。 「街角花だより(明石版)」では、親友の でんだ に『元ヤンだったころが懐かしいね』と言われた りん が必死でこれを否定している。

 そして「長い道」では、姉の遊から(荘介からの)”護身用”としてネックレスを渡された道が、まるで鎖鎌のようにそれを振り回している。 また、遊は『目を狙うのよ』と非常に実戦的なアドバイスをしている。 これらは実際に使ったことがなければ描けない細かい描写である。 とどめは、「こっこさん」のみなもお母さんがレディースのヘッドに上りつめていく過程の描写の生々しいほどのリアリティだ! これはとても想像だけで描いたとは思えない。 これらもすべて作者の実体験から来た描写なのだろうか?

 若いころは、相続とか進路のこととかで いろいろあったんですよね… (これらはあくまで私の想像にすぎません) でも私、こうのまんがにおける元ヤン話、大好きです!! また、元ヤンが登場する話しを描いて欲しいな。


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