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中巻に関する年表 [中巻]

「この世界の片隅に」 中巻に関する年表

 クリックすると大きくなります。 元寇は中巻から出てたのね。

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作者の著作関連の年表

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第28回 20年4月 [中巻]

「第28回 20年4月」 掲載’08年(H20年)4月15日号 (発売日 同年 4月1日ころ)

正装のリン

 花見に来た二河公園でリンと再会するすず。 初めて見るリンの正装(?)に思わず見とれる。 ひょっとして、リンは位が上がったのかな? 初登場の時は自分で客引きをしていたが、これは位が下の遊女がすること。 接待とはいえ外出も許されているし…

木登りするリン

 手慣れた様子で木に登るリン。 やっぱり座敷童子時代の経験が生きている? 一方、こちらもいとも簡単に登っちゃうすず。 この二人、結構身体能力高い?

ごまかすリン

 すずにもらった茶碗が周作が買ったものと知った後の反応。 とっさにごまかしたが、リンは一瞬で理解したのだろう。 周作が本気で自分を娶る気でいた事、そして、すずがすべてを知っていながら自分に届けてくれたことを。 そして確信したのだ。 周作のことはもう”シアワセになったかなあと心配しなくてすむ”ことを。 だから、この後のセリフにつながるのだ。

テルの形見

 テルの形見の紅をすずに託すリン。 なにもすずに渡すために常日頃持ち歩いていたのではないだろう。 自身でテルの思い出を受け継ぐつもりで持っていたはずだ。 そして、いまそれを自身の思い出とともにすずに託す。 テルの死と空襲の現実を実感し、リンもまた心残りの無いように今を生きようとしているのか?

秘密は無かったことになる

 一年のうちに一瞬だけ華やかに咲き、未練も残さずにパッと散る桜は日本人の死生観に合っているという。 その桜の花の中で、すべての秘密をあの世まで持って行くというリン。 それはそれでゼイタクな事だと... 近い将来の二人の別れを暗示する印象的なシーンだ。 このエピソードは劇場版ではカットされているが、海外向けの予告編には、一瞬このシーンが写っている。  

再会する二人

 すずがテルに想いを巡らしている時に再会する二人。 お互い笑って別れられた。 そう、この二人にとっては、もうお互い、思い出の人にすぎなくなったのだ。 笑っている周作を見て安心するすず。 すずにとっても、この話しは終わったかに見えたのだが…

リンに生きる目的はあるのか?

 周作との思い出と決別したリン。 ではこの後、リンには何か生きていく目的があるのだろうか? リンが本当に今の境遇を自分の居場所と思っているのなら、呉で一番の太夫や花魁になるという道もあるだろう。 一方で、リン自身は実は二葉館に借金があるわけではない。 せいぜい養育費くらいだ。 だから、早いうちに足を洗って、どこか遠くの土地で人生を一からやり直すということもあるだろう。 リンが本当はどう思っていたか? それはもう永遠に分からない。

そして今生の別れ

 ”今生の別れか思うて...”という周作。 奇しくもこれがリンと周作、そしてリンとすずの今生の別れとなった。

 4月1日、米軍が沖縄本島上陸。 これに対抗すべく、沖縄に出撃した戦艦大和が米軍機のべ386機の猛攻撃を受け、7日鹿児島県の坊ノ岬沖で沈没。 2740名が犠牲となった。


この掲載号には、「夕凪の街 桜の国」の映画版のDVDと漫画の文庫版発売を記念して、原作者こうのさんと映画主演の麻生久美子さんの対談記事が掲載されている。


なぜ上・中・下巻なのか?

 各登場人物が身近に迫る”死”を実感し出した中巻。 ところでなぜこの作品の単行本は1・2・3巻ではなく、上・中・下巻なのだろうか? 私は、当時の読書記録を残しておられる、ある方のブログをウオッチさせていただいているんですが、ちょうど上巻の告知が出た頃に、「物語も半分くらい来ているのか...」という感想を書いておられたのを見過ごしていました。 そうだね、最初の単行本が”上巻”だったら、上下巻か上中下巻のパターンしかないよね。 人気とかに関係なく、この物語にはあらかじめ物語の初めから終わりまでの長さが決められていることを宣言しているのですね。 


第27回 20年3月 [中巻]

「第27回 20年3月」 掲載’08年(H20年)4月1日号 (発売日 同年 3月18日ころ)

着せ替え ”はるみ”ちゃん

 小学校入学を迎える晴美と必要な学用品が着せ替え人形のように並べられたタイトルページ。 配給ポイント制が分かりやすく解説されている。 背嚢=ランドセルは高級品かと思ったけど、買えたんですね。 

空襲被害は軽微

 空襲の被害は軽微との情報操作がなされていることがわかる すずのセリフ。 実際の被害は前回の作者注参照。 ”空襲の相場を知らんけえのぉ”という周作のセリフは、まだ大本営発表を疑っていないということ? 呉の人は港に入ってくる船の状態を見れば、だいたいの戦況はわかると思うのだが… 

周作が調べているのは

 周作は捕虜の軍法会議の準備をしている様子。 戦闘で敗れそうになった時、降参して捕虜になることは、実は立派な軍事的作戦である。 捕虜の扱いはジュネーブ条約に定められており、おいそれと虐待や殺戮を行ってはいけないのだ。 捕虜になることで、相手国に余分な兵糧を使わせたり、行動を制約させることも出来るのだ。 日本はジュネーブ条約に署名はしたが軍部の反対で批准していなかった。 ただし、日米開戦後にジュネーブ条約の趣旨に則った行動をすることを表明している。

 だが、実際は17年の「バターン死の行進」など、捕虜の扱いが芳しくなかった例もある。 日本兵自体、捕虜になるのは恥として、最後の一兵まで徹底抗戦することを求められた。 だから、日本軍は各地で全滅するのだ。 また、沖縄地上戦でも多くの市民が自決を強いられている。 反対に、捕虜となった日本兵が過酷な強制労働を強いられた事例もある。 終戦後、ソ連が武装解除した日本兵をシベリアに送り強制労働させた「シベリア抑留」である。 実に34万人もの日本人が死亡したとされ、また生き残った者でも、長い者は31年まで日本へ還れなかった。

 なお、「はだしのゲン」の中には、広島市内で自分たちの収容所の屋上に”P”(Prisoner=囚人の意)と書いて空襲目標から逃れる米軍捕虜と、それを真似する市民のエピソードがある。 いずれも、原爆によって亡くなってしまうのだが…

大和の行く末

 大和が戻ってきたとのセリフがある。 大和は19日の呉初空襲の際、いったん徳山沖に避難していたのだ。 その後、呉港に戻ってきた後、3月28日に佐世保に向かって出港。 しかし、空襲の恐れがあるため再び徳山沖に待機した。 そして、大和が呉に戻ることは二度となかった。 30日に米軍によって広島港と呉港に大量の機雷がバラ撒かれたため、そのまま徳山で待機、そして4月6日未明に沖縄特攻へ出撃したためだ。 関門海峡にも大量の機雷がまかれていたため、大和には豊後水道を通るルートしか残されていなかった。 米軍は待っていればいいのだ。 劇場版のお父さんが、”せっちん詰めにされた”というのはこのせいだ。

みんな仲良し?

 絶対来んという晴美。 ここは、劇場版ではストレートな表現になってましたね。 

空襲被害に圧倒される二人

 初めて見る空襲の実際の被害に圧倒される二人。 そして被災した子に、晴美のために苦労して集めた学用品を差し出す径子。 性格はきついが、慈愛の心を持っていることがわかる。

素通りする二人

 このシーンは衝撃的だ。 先ほど、慈愛の心を見せた、そして何より常識人の径子と、ボーっとしているけど人一倍感受性が強いはずのすずが、空襲の犠牲者の横を見て見ぬふりをして素通りするのだ。 人は、自分の理解の限度を超えると、もう どう対処していいか分からなくなるということなのか? そして、この事は後にすず自身を苦しめることになる。 遺体が放置されているのは、壕に避難しなかった罰だと言われている。 ”防空法”では、空襲の際、市民は一時避難の後に速やかに消火活動にあたることが義務とされている。 その第一歩、避難をちゃんとしなかったための見せしめか? 

千鶴子出生の謎

 気まずそうに教科書の話をする二人。 ここで、すずが(実は)とんでもない発言をしている。 草津の従妹=千鶴子の時は「サクラ サクラ」だったと言うのだ。 尋常小学校が国民学校となった16年4月より、1年生の「ヨミカタ1」も変更されている。  まさに「サクラ サクラ」から「アカイ アカイ」へである。 とすると、千鶴子は15年度以前に小学校に上がっていなければならない。 15年4月に入学したとして、この場合の一番遅く生まれた時の誕生月は9年3月である(戦前も早生まれがあったとして)。 すると、「大潮の頃(10年8月)」の頃には生まれてないといけないのである。 いませんねぇ、千鶴子。

 これを、”すずはうっかりモノなので、前年か前々年の記憶と混同している”と考えると、実は この作品のもう一つの謎が解決するのだ。 そう、それこそ、座敷童子さん=リンとすると生じる、ある矛盾である。  千鶴子とリンの矛盾を同時に解決するために一番都合のいい解釈は、千鶴子は8年3月以前の生まれとすることである。 そうすれば、7歳のすみが8歳のすずにおんぶをねだるのもうなずける。 ただ、逆に、7歳のすみがすいかを持てるか? 8歳のすずの着ものを大人用のアッパッパに直すのは難しいんじゃないか? という疑問が新たに生じる。 千鶴子が9年3月以前の生まれなのがちょうどよいのだが…

 実は劇場版では、「大潮の頃」のエピソードの時に森田の叔母ちゃんが赤ん坊を背負っているのだ! 1歳5か月以上の大きさではない。 ちょうど5カ月以上の大きさの子供だ。 どうやら劇場版は、”千鶴子は9年3月以前の生まれで、すずは9年8月と混同している”説を取っているようである。 やるなぁ、劇場版。  

 もっとも、”千鶴子の時は「サクラ サクラ」”というのが、そもそも間違っているのなら 元も子もないのだが。

この世界には2種類の人間がいる

 教科書に落書きをする人間と、しない人間だ! これは二人の性格の違いをよく表している。 真面目な径子にとっては、教科書に落書きする人間の気持ちなど想像できないのだろう。

微笑む径子

 129ページの4・5コマめ、久夫の教科書を見入る径子の表情が 驚き⇒微笑みに変わる。 一方で、後ろの3人の表情が 微笑み⇒驚きに変わる。 見事な対比だ。 教科書に落書きする すずの気持ちはわからないが、久夫の落書きからは、久夫が楽しく学校生活を送っている様子が垣間見えるのだ。 息子と遠く離れて暮らす母親にとって、これ以上の宝物はない。 (どこかのページに”お母さん”とか書いてないか?) それがわかっているから、家族全員で教科書を書き写すことになっても、誰も文句は言わないのだ。

同じ月、20年3月。 政府は国民学校初等科以外を1年間休学とすることに決めた。 必要な教員が確保できないからか? 高等科(現在の中学校)以上は労働奉仕させる為か? 


第26回 20年3月 [中巻]

「第26回 20年3月」 掲載’08年(H20年)3月18日号 (発売日 同年 3月4日ころ)

ついに来たその日

 20年3月19日、それはいつものように穏やかな春の朝... のはずだった。 それぞれが朝の身支度を整え、仕事に赴こうとする時、米軍空母が日本に近づき、艦載機を発艦させる様子が水墨画のようなタッチで描かれる。 そういえば、いつの間にか外出する男子はヘルメットを、女子は防空頭巾を携行するようになっている。 周作は第24回からヘルメットを身に付けているな。 出勤する径子の後ろに砲台が描かれているのも印象的。

(H29年5月11日追記)

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現在の灰ヶ峰山頂の展望台。 〇部分が元々の高射砲台の土台だったところ。 

 この時、日本近海に12隻もの米軍空母が迫っており、実は前日の18日から激しい戦闘が始まっていたのだ。 九州沖航空戦と呼ばれるこの一連の戦闘。 既に帝国海軍には迎撃できるまともな空母機動部隊はなく、陸上基地を飛び立った航空機により迎撃は行われた。 特攻機による体当たり攻撃も行われたが米軍機動部隊はやすやすと包囲網を突破、翌19日の朝には一部の空母部隊が室戸岬沖80キロまで接近し、その艦載機を発進させたのだ。 

黒い塊として描かれる戦闘機

 すずたちの前に突然現れる米軍機は黒い塊として描かれている。 まあ、普通の主婦には航空機の知識なんてないから、本当にただただ黒い無数の塊が迫ってきているように見えたんだろう。 これを、色の付いた防空用識別弾と合わせて、”すずの描いた絵”として表現した劇場版の演出は秀逸としか言いようがない。 我々が劇場で、”空襲なのになんて美しいんだ!”と思ったように、当時の人々も ただただ訳も分からずに空を眺めていたのだろう。

いわゆる松山沖空戦

 この呉初空襲は、軍記もの好きの間では、”松山沖空戦”と言った方が分かりやすいだろう。 軍記物的に言えば、”3月19日朝、突如呉軍港を襲った米軍機に対し松山基地を発進した第323航空隊(剣部隊)の「紫電改」が迎撃、1時間余りの戦闘で米軍機52機を撃墜(54~58機の説あり)。 これに対しわが軍の損害は敵機に体当たりした偵察機「彩雲」を含めて16機と、わが軍の圧倒的な勝利であった”と。 そして、飛行機好きの少年たちは日米の戦闘機のスペック比較に話を弾ませ、どの戦闘機が一番かで盛り上がるのだ。 決して、その時、地上に居た人のことを考えたことは一度もなかった。 なお、当時の米軍の記録によれば、撃墜された米軍機は実際は十数機程度だったという。

熟睡するおとうさん

 それにしても、夜遅い残業から夜勤までこなすおとうさん。 広工廠の第11航空廠所属だそうですが、いったい何の開発・生産を担当しているの? 

 劇場版の晴美の質問に答えるならば、我らが紫電改の誉21型の離昇馬力(短時間のMax馬力)が1990馬力。 対するグラマンF6Fヘルキャットが2000馬力、F4Uコルセア(1D)なら2250馬力です。 チョット負けてますね、おとうさん。 もっとも、戦後に同じくらいの馬力の四式戦「疾風」を米軍が整備して、米軍が使ってるオイルとガソリンを使って飛ばしてみたら、最大速度が公称624km/hと言われていたのが687km/hも出たということなので、条件が同じなら勝ってるかも知れませんね。

 この呉初空襲の前の3月9日から10日にかけて、東京が大規模空襲に見舞われた。 東京大空襲である。 死者10万人以上、被災者100万人以上と言われている。

 3月13日 名古屋空襲。 3月14日 大阪空襲。 3月15日には硫黄島が米軍に占領され、同22日に日本軍守備隊全滅。 3月19日 再び名古屋空襲。 名古屋駅消失。 既に日本本土防空に有効な術はなかったのである。


第25回 20年2月 [中巻]

「第25回 20年2月」 掲載’08年3月4日号 (発売日 同年2月19日ころ)

討ち入り?

 すずの特殊体質が明らかになる今回。 闇市に買い出しに行くついでに二葉館に茶碗を届けに行くすず。 だが、討ち入りと間違われ相手にされない。 ここでいう討ち入りとは、夫や恋人を寝取られたと思った女が直接遊郭に乗り込んで、”うちの旦那にちょっかい出すのはやめて!”と直談判?というか殴り込みに来ることだ。 そりゃ間違われるわなぁ、竹槍持ってるし。 この漫画では、竹槍が本来の役割で使われていない気がする。

いとも簡単に心中に付き合うテル

 そんなすずを呼び止めたのが、赤毛の女(テル)。 さして親しくもない水兵との心中に付き合ってしまい、風邪をひいて闘病中だ。 まず、水兵が身を投げるという異常さ。 やはりレイテ沖海戦の生き残りなのだろうか? 一方のテルも何故簡単に身投げに付き合うのか? 当時の境川があまり大きな河川ではなく、溺死の危険性が低かったとはいえ、”気の毒”なだけで体をくくられて飛び込むか? 一方で、”夜までに風邪直さなきゃね”と、夜には営業に戻るつもりでいる。 この子の”生”への執着がよくわからない。  

そして第4の方法

 ”暖(ぬく)い外地へ渡る”というテルのセリフ。 これは、台湾の遊郭に渡るか、あるいは従軍慰安婦に志願して慰問団として南洋の島へ渡ることを意味している。 これこそが、この時代限定の、遊郭の街から出る第4の道なのだ。 いま、従軍慰安婦はすべて ”かの国”から強制徴用された少女だけで賄われていたと誤解している人もいるかもしれないが、実際はその多くは食うために自ら志願した日本人女性なのだ。 

 そしてもう一つ誤解されている点、従軍慰安婦は我が国にとって決して秘密でも何でもないのだ。 今の倫理基準からすると信じがたいかもしれないが、それはれっきとした、正当な対価を受け取られる職業だったのだ。 昭和40年代から50年代にかけて、岡八郎や原哲男などが活躍していた吉本新喜劇の全盛期、劇の舞台としてダムの建設現場、場末の飯場に交じって、南洋の最前線の島を舞台とした”戦場シリーズ”というのがあった。 そこでは片岡あや子扮する慰問に来た従軍慰安婦と木村進などが演じる新兵との道ならぬ恋が描かれていたものだ。 それだけ、日本人の間には従軍慰安婦というものが身近にあったのだ。

 かの国の”元従軍慰安婦”たちが政治的な背景を持つ市民団体と結びついて、その声を大に表に出てきているのに対し(そのきっかけを作ったのが、その支援団体の幹部を身内に持つ元朝日新聞記者の”誤報”記事だということを忘れてはいけない)、我が国の元従軍慰安婦の女性たちはその自らの口を固く閉ざし、歴史の中に消えて行った。  

波のイルカ?

 テルのために雪の上に竹槍で南国の絵を描くすず。 すずさん、こういう大きな絵だと左手だけでも結構うまく描けてますよ。 南の海に、ヤシの木に、波のイルカ... ラッセンかい!

次第に大きくなるリンの影 

 今回、リンは一度も顔を見せてはいない。 だが、すずの心の中でリンの存在は、さらにさらに大きく重くなっていく。

 この年の2月4日から11日にかけ、クリミア半島でチャーチル、ルーズベルト、そしてスターリンが会談を持った。 ヤルタ会談である。 これにより、ソ連の対日参戦が決まる。


第24回 20年2月 [中巻]

「第24回 20年2月」 掲載’08年(H20年)2月19日号 (発売日 同年 2月5日ころ)

初の戦死者

 この漫画初の戦死者は鬼ぃちゃん。 鬼ぃちゃんはニューギニア戦線ということまではわかっていたが、劇場版では18年4月の出征で、所属は鯉部隊(第5師団)という肉付けがされている。 鯉部隊は広島山口島根出身者で編成された部隊だった。 喪服で神妙な面持ちのすず。 のっけから重たいオープニングだが… メジロに椿の花のコマがあるのは時節の説明か?  

遺骨でコント?

 江波の実家に戻ってきた一行。 すずにとっては2回目の里帰り。 と、始まったのは遺骨箱を巡るドタバタ。 まるでコントである。 誰も遺骨箱に対しての敬意がない。 あるのは不審感のみ、誰も要一が死んだとは思っていない。 実感が伴わないのだ。 周作が「遺骨全部は持って帰れん」というが、そもそも日本軍は全滅するので遺骨を拾う人などいないのである。 

定型文?な挨拶

 防空壕で水原の母と一緒になる。 水原が立派になっていたとのすずの感想は、あまりに定型文すぎる。 まわりは身内だけなんだから、もっと素直に感じた印象を語ればいいのに。 水原は水兵の兄の遺志を継いで志願兵になったので、立派な兵隊となったと伝えるのが最善と思ったのか? それとも周作への配慮か?

石ころ? 脳みそ?

 食料をもらったうれしさで、つい、遺骨箱を蹴っちゃったすず。 中から出てきたのは、その辺の石ころ。 ついつい、脳みそと言っちゃうすみ。 気持ちはわかるけどな... 玉砕の地で逝った兵士の遺骨箱には、本当にその辺に転がっている(日本の)石ころを入れていたと聞いたことがあります。

気丈なお母ちゃん

 もっと立派な石を入れておけという お母ちゃん。 遺骨箱も片手で背負っちゃっている。(このコマは横向きに描かれている。 一応は敬意を表して、骨箱が横向きにならないようにしているのだろう。) これっぽっちも息子の戦死を信じていない。 本当に気丈なお母ちゃん。 まさに浦野家最強生物だ。 このたくましいお母ちゃんも、のちに一瞬にしてこの世から消えてしまうのだ。 

夫婦喧嘩

 心残りの無いように、夫に心のうちの不満をぶつけるすず。 負けじと周作も女々しい本音をぶつける(ほんとに根暗だったんだな)。 初めての夫婦喧嘩だ。 少しほほえましく思える。 ついでにリンのことも言っちゃえばよかったのにと思うのだが、そうすると話しが終わっちゃうか? ああ、そう言えば、結婚1周年でしたね。 おめでとう。


第23回 20年正月 [中巻]

「第23回 20年正月」 掲載’08年(H20年)1月22日号 (発売日 同年1月12日ころ)

最大の謎回

 全編が”愛國イロハカルタ”のみで構成される今回は、変化球を通り越して、もはや”魔球”の回である。 なにしろ、コミックス中巻を上から見ると、この回の部分だけが真っ黒な筋となって見える、本作品で最大の謎回だ。 のちの20年7月のすずの独白より、この回は正月に家族でかるた大会をやっていた時のことと明かされるが、実は本編で語られることのないサイドストーリーが散りばめられており、なかなか侮れないのだ。 そして...

イ 神風神話の始まり

 愛國かるたの絵柄は、オリジナルを踏襲したものと、この作品独自に描き下したものがある。 イの札は元寇(今は蒙古襲来と言われてるの?)によって神風神話が始まったことを示していて、絵柄はオリジナルとほぼ同じ。 フビライ・ハンのモンゴル帝国による我が国への本格侵略である”元寇”は、1274年の文永の役と1281年の弘安の役からなる。 いずれの戦いもモンゴル軍の圧倒的な武力に苦しめられたが、どちらも突如として発生した暴風雨がモンゴル軍を直撃し、結果 日本はモンゴル軍撃退に成功したと言われている。 これにより、日本は神に守られた国なので国難の時は必ず神風が吹くという、いわゆる神風神話が起こる。

 神風神話は戦中では、戦局の悪化した18年の歴史の授業から取り入れられるようになった。 ステレオタイプの戦時ものでは、「日本は神の国じゃ、いまに神風が吹いてアメリカをやっつけてくれる!」というようなセリフが必ず挿入されていた。 この作品では、神風は戦争が終わった後に皮肉として登場する。 また、同様に本作品では神風特攻隊の話も出て来ない。 ひねくれてるなぁ。

(H29年7月3日追記)

ホ 九軍神 あれ、もう一人は?

 ホの札はオリジナルとほぼ同じ図柄だが、オリジナルの桜の花びらが4弁なのに対し、本作では9軍神にちなんで9弁になっている。 9軍神とは作中の注釈にあるように、真珠湾攻撃の際、湾内に突入して未帰還となった特殊潜航艇「甲標的」の乗組員のことだ。

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 江田島の第1述科学校の教育参考館横に置かれた特殊潜航艇(実際に真珠湾内に突入した本物)。 特殊潜航艇は船首に魚雷を縦に2本装備した二人乗りの小型潜水艦で、大型潜水艦に搭載されて移動し、敵地近くで分離して敵陣に突撃を仕掛ける、帰還率の極めて低い、ほぼ特攻兵器である。 真珠湾攻撃の際も、出撃した5艇はすべて未帰還となった。 ある艇は米軍に発見されて爆雷により沈没。 ある艇は浅い真珠湾内で座礁して身動きが取れなくなり自爆した。 

 ここで疑問。 5×2=10である。 出撃したのは10名のはずなのに、何故9軍神? 実は一人だけ生き残りがいたのである。 彼の名は酒巻和男(最終階級 少尉)。 彼の艇は出撃前にコンパスが故障していることが判明していたが、酒巻の強い希望で出撃を強行、いったんは湾内に突入成功したものの敵艦に発見されて退避。 コンパスが使えないことにより座礁を繰り返して航行不能になり、最終的に艇を自爆させることにした。 この脱出の際に酒巻は意識を失って海岸に打ち上げられ、太平洋戦争における日本人捕虜第1号となったのだ。

 米軍の宣伝放送であるヴォイス・オブ・アメリカ(VOA)により、彼の生存は日本に伝わっていたが、捕虜となることをよしとしない日本軍の方針により、彼の生存は極秘扱いとなった。 これが”9軍神”誕生の秘密である。 米軍の捕虜となった酒巻は自殺を何度か試みたようだが、最終的に生きる道を選択し、積極的にアメリカの文化を勉強したり、同じように捕虜となった日本兵の心のケアをしたりして、模範的捕虜となった。

 戦後、彼のことを知ったトヨタ自動車に請われて同社に入社、最終的にトヨタ・ド・ブラジルの社長になっている。 (トヨタさんにも話の分かる人がいたんですねぇ。) なお、酒巻は山崎豊子の絶筆である「約束の海」の登場人物のモデルにもなっている。 

ヘ 日本の南洋進出

 オリジナルでは南洋の現地の少年が日の丸を持っている図柄だが、本作では南洋の島々と日の丸になっている。

ル、ヲ、ワ、レ、ナ、ラ、ヤ、ユ、セ 久夫の生活

 本編ではほとんど登場しない久夫が、下関での生活に次第に馴染んでいき、友達を作り、活き活きと生活する様子が描かれる。 久夫が貯金をするのは戦費のためでなく、呉への汽車賃を貯めるためだろう。

ヨ、タ だから青葉は出港しないって

 本作では遭難して鷺に助けられる水原が描かれているが、オリジナルでは ヨ=ふんどし少年、タ=お辞儀をする少女が描かれる。

ツ つぎの日本をになう若夫婦

 オリジナルは万歳している少年、本作では周作とすずの若夫婦。

ノ、オ 桃太郎

 この桃太郎のモデルは誰? オリジナルは典型的な絵本の桃太郎。

ク くゎ!

 鍬だ! お父さんの鍬がもうこんなところに出て来てる!

コ ク!ド!ク!ド!

 オリジナルは小学生が何かしゃべってる絵。 本作では径子さんのお説教。

エ 靖国神社

 オリジナルでは靖国神社の「大村益次郎像」と鳥居の一部しか映ってないが、本作では社殿とお参りする男女の姿が。 次回のお父ちゃん、お母ちゃんを暗示してるのか?

シ やはり出征してた森田のおじちゃん!

 オリジナルでは鉢巻きを締める体操着の女の子だが、本作では第1回で海苔の収穫を手伝うすずが。 ここにきてようやく、森田のおじちゃんが出征していることが明らかにされる。 森田のおじちゃんは30代半ばで働き盛りと思われるが、この年代の男は軒並み戦争へ連れて行かれてるのだ。 

ヱ 挺身ガールズ

 オリジナルは男二人だが、本作ではすみちゃんと同僚。

ヒ リン

 オリジナルは桃の枝と雛人形だが、本作ではリンが。 リンは”ロ”の札にも出演。

間違ってる札

 イロハカルタを一通り見まわすと、本作のある札に間違いがあるのに気付いた。 これを見つけた時は ちょっと身震いした。 おそらく作者は意図的に間違って描いている(正確に言うと”描いていない”)と思われる。 なぜなら、それは下巻のある重要なシーンに関わる内容だからだ。 私は、そのシーンの布石がどこかに隠されてないか探していたんだけれども、まさかこんな所に、こんな形で忍ばせてあるとは… ちなみに劇場版では、これを全く違う手法で表現している。 それは、私が最初に思いついたのと同じ表現での暗喩だった。(本作ではやってない) それは何かは、当該の回で。

 この回が掲載された次の号である’08年(H20年)2月5日号(同年1月22日ころ発売)は休載。 代わって、1月12日(ころ)にコミックス上巻が発売されている。

 1月20日、マリアナ方面軍総司令にカーチス・ルメイが任命される。 ルメイは着任すると早速、日本本土爆撃の手法を変えさせた。 これまでのB-29の爆撃は、日本機に迎撃される恐れの少ない高度1万メートル弱で行っていたものを都市の上空1500~3000メートルに変更させた。 この高度変更で上空のジェットストリームの影響が無くなったこと、投下する爆弾の拡散が少なくなったことにより爆撃精度は大幅に向上、爆弾がより高密度で地上に到達するため、特に焼夷弾の威力が大幅に増した。 地上の人々は文字通り炎のじゅうたん爆撃で逃げ道を完全に塞がれ、より多くの一般市民が犠牲になった。 ルメイの名は日本国民にも知れ渡り、”鬼畜ルメイ”として竹槍訓練の的にもなった。 

 そのルメイだが、39年12月に日本政府より勲一等旭日大綬章を授与された。 航空自衛隊の創設に貢献したからという理由である。 なお、勲一等の授与は天皇からの授与が通例であるが、ルメイの時は当時の航空幕僚長からの授与であった。


第22回 19年12月 [中巻]

「第22回 19年12月」 掲載’08年(H20年)1月8日号 (発売日 H19年12月18日ころ)

拒むすず

 このブログは男女の色恋ごとは専門外なので割愛するが、りんどうの茶碗を見なければ受け入れたのだろうか?

海軍よもやま物語

 すずが当たり前の生活をしてることに対し、自分が軍の組織の中で理不尽な日々を送っていることを語る水原。 この作品の中で軍の内情が描かれる貴重なシーンだ。 水原のような下級兵士の理不尽な日常を描いた書物が昭和の頃にはベストセラーになっていた。 光人社の「海軍よもやま物語」、「陸軍よもやま物語」などだ。 シリーズ化されて、他社からも類似の書物が出ていたが、当時のことを知る人が少なくなるにつれ、古書店でも見かけなくなっていった。 2010年ころに光人社から新装版が発行されている。

合祀を拒否する水原

 自分を一緒くたに英霊にするなという水原の考え方は、当時としては大変進歩的というか、絶対に公の場で言ってはいけないことだ。 お国のために戦って死んだら靖国にまつられるというのが当時の常識だったからだ。 実は、現在の自衛隊員も公務中に死ぬと、在籍部隊が属する県の護国神社に合祀される。 私が中学時代、私の地元の山口県で、殉職した自衛官の夫を遺族の了解なしに護国神社にまつるのは信教の自由に反して違憲だとする裁判があった。 (自衛官護国神社合祀事件) 

 実は、この裁判の一審を担当した山口地裁の判事が私の同級生の父君だった。 当時の私は文字通りの”中坊”だったので、「自衛隊は違憲」という立場だった。(憲法に自衛権って書いてないから) 一審山口地検の判決は私たちが中学校を卒業した直後の54年3月22日に出た。 原告の主張を全面的に認め、”合祀は違憲”という、当時としては画期的な判決だった。 同じ高校に進学していた私は、新学期に「お前のお父さんスゴイな」と、同級生に言った覚えがある。 同級生は特に感想を言うでもなく、少し困惑した顔をしたようにも見えた。 私たちの校区には土地柄、自衛隊員の子息も多く、ひょっとしたら周りからいろいろ言われていたのかもしれない。 この判事が、その後どのように処遇されたのかは私は知らない。

 この裁判は二審の広島高裁でも違憲とされたが、最高裁で逆転で合憲とされた。

羽ペンのメッセージ 

 すずが水原の手帳に羽ペンで書いたメッセージ。 ”立派に成って呉れて”というのは、のちに水原の母に言った、”立派になっとりんさった、帝国海軍の誇りじゃ思いました”と言ったのとは意味合いが違う。 よく見ると、鷺が乗っているイカダには白旗。 軍規と誇りとかどうでもいいから、何があっても生きてほしいという、すずの願いが伝わる。 なお、アクション掲載時には、”この絵はこうのさんが本当に羽ペンで書きました”という編集部注が入っているという。 そう、漫画のためならなんだってやるのだ、この人は。

 すずの心配をよそに、この後、水原がイカダの世話になる恐れはない。 満身創痍で呉に帰投した青葉だったが、修理されることもなく、そのまま”防空砲台”として呉沖に留め置かれたのだ。 もう、燃料どころか、修理用の資材もなかったのである。

 この年の暮れ、12月30日に呉海軍工廠で密かに建造されていた伊四百潜水艦が竣工する。 伊四百は全長が122mもある大型の潜水艦で、艦内に「晴嵐」という専用攻撃機を3機収納できた。 海中を密かに進行し、敵地近くで浮上するや艦内の「晴嵐」を発進させ航空攻撃を加える。 作戦終了後は海上に帰還した晴嵐を速やかに回収し、再び海中に消えていくという、現在の潜水艦発射ミサイルの思想を先取りした画期的な兵器であった。 伊四百はもともとパナマ運河攻撃を念頭に開発されていたが、早速、僚艦の伊四百一とともに訓練に入る。 発艦および収納訓練が繰り返し実施されたほか、海中を別々に計器だけで航行して作戦ポイントで合流するという実戦想定の航海訓練も行われたが、乗組員の習熟不足か、あるいは計器の精度不良か、2艦が作戦ポイントで合流できたことは一度もなかったという。


第21回 19年12月 [中巻]

「第21回 19年12月」 掲載’07年(H19年)12月18日号 (発売日 同年 12月4日ころ)

人妻を抱える水原

 これはマズイだろう。 いくら幼なじみでも、人妻抱えちゃいけんだろう。  

ハイテンションな水原

 すずからしても、今夜の水原はハイテンションすぎるようだ。 水原につられて地を出す すず。 北條家に来て初めて感情をあらわにする。 そのすずの変化を人一倍気にしてるのが周作だ。

活躍も沈没もしない青葉

 周作との会話で活躍することも死ぬことも出来なかったことを滲ませる水原。 確かに、青葉は主に輸送任務に就いており、華々しい戦績とは無縁だった。 ただ、度重なる小競り合いで徐々に傷を深めていく。 直前に行われたレイテ沖海戦では、当初はレイテ湾突入の本体だった栗田艦隊に編入されていたが、すぐに後方の輸送任務に回された。 機関部の損傷が完治せず、十分な速度の出ない青葉は”足手まとい”とされたのだ。 10月23日に米潜水艦の雷撃を受け、翌日も艦載機の攻撃により損傷した。 応急修理を済ませた青葉は、同じく大破した重巡「熊野」を曳航して日本に帰る任に就いたが、11月6日に熊野が米潜水艦の雷撃で大破。 青葉は泣く泣く、熊野を見捨てて帰国の途に就く。

靖国で会おう

 戦死した人々が英霊として祭られる靖国神社。

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 兵士たちは、「靖国で会おう」と言い残して出撃して行ったという逸話が多く残されている。 特に出撃=死を意味する特攻隊員の間ではこれは顕著であったようだ。 ”桜花”による特攻をした“神雷部隊”の話はとくに有名だ。 ”桜花”は特攻専用に作られた機体で、本体には離着陸機能はない。 一式陸攻という大型爆撃機の胴体下に固定されて出撃し、 敵艦の近くに来た時点で母機から分離した後、ロケットエンジンを噴射して一直線に敵艦めがけて体当たりするという、航空機というよりも有人ロケット弾といった方がふさわしい機体だ。 この人間の命を動力源とする機体は、アメリカ人の理解をはるかに超えていたようで、彼らがこの機体に付けたコードネームが”BAKA”である。

 神雷部隊の隊員たちは、「靖国神社の神門をくぐって二つ目の桜のもとで再会しよう」と言い残して出撃して行ったという。 この、神門をくぐって二つ目の桜は、現在は「神雷桜」として多くの人から大切に扱われている。

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 桜花による特攻は、その多くが敵艦にたどり着く前に母機の一式陸攻ごと撃墜された。 ちなみにこの前の月に撃沈された空母「信濃」が呉まで運んでいたのが桜花の機体だった。

 靖国神社に対する作者注は、”戦死者をまつっているとされる”と、少し懐疑的なようだ。 靖国神社を平和を祈念する場所ととるか、軍国主義の象徴ととるかは、受け取る人の立場によって異なることだろう。 

鍵を閉める周作

 このブログは男女の色恋ごとは専門外なので多くは語らないが、劇場版を見に行ったときに後ろに座っていたご婦人が、このシーンの時に大きな声で「なんで?」と言ったことだけ付け加えておこう。


第20回 19年11月 [中巻]

「第20回 19年11月」 掲載’07年(H19年)12月4日号 (発売日 同年 11月20日ころ)

まるで萌え漫画

 いつもは1ページ目からストーリーが始まっているのに、今回は珍しく まるまる扉絵として使われている。 よく見ると、変則的なコマによって径子の働きぶりが紹介されているが、それもデザインの一部に見える。 まるで萌え漫画のような扉。 もんぺ萌えである。  

実は重要回

 今回は、全編が昭和の人生相談風に描かれているので、一見、変化球の回のように思えるが、実は物語後半へ向けてのカギとなる情報があちらこちらに散りばめられている大変重要な回だ。 もし劇場版の演出に瑕疵があるとするならば、それはリンのエピソードを削ったことではなく、この回のエピソードを削ったことだと私は個人的に思う。

径子が斬る!昭和人生相談

 小林の伯父さんから紹介された径子の勤め先はお寺さんだったことが明らかになる。 確かに、この時代、寺は唯一の成長産業だ。 猫の手も借りたいだろう。 家事は苦手なように描かれる径子だが、てきぱきと寺の仕事をこなしているようだ。 今回の人生相談は、寺を訪れた檀家さんとの会話で出た困りごとや不平・不満を、径子が受け答えをしている様子を表している。

 径子のアドバイスはとても的確で、どれも正論でバッサリと切り捨てている。 学生たちの不満には”挨拶で威圧しろ”。 これは第5回で径子自身がすずに実践したことだ。 一方で、金属供出を拒む夫(良人)に対する回答では、相手のメンツを立ててやる、径子の常識人としての一面が示される。(あ、”非国民”という言葉が出て来てる。) きっと、径子さんは檀家の皆さんから絶大な支持を集めたんだろうな。 ここで、さりげなく焼夷弾対策の情報が挿し込まれているのに注意。 文士崩れの質問には何か元ネタがあるのかもしれない。

異質な二つの相談

 今回の相談の中に、二つほど異質なものがある。 一つ目は径子自身が相談主となっているものだ。 相談相手は寺の住職。 相談内容自体は たわいもないすずへの不満であるが、ここではその内容よりも、径子も寺の住職に日ごろの不満や不平を聞いてもらえる環境にあるという事実だ。(あ、右ひざのつぎ当てに金魚!) これは後述するが、この回に隠された最大の情報の一つだ。 

ページ越しの添い寝

 家の外では社交的で強い独立した女性の顔を見せる径子も、家に帰れば、そして子供の前では一人の母である。 晴美を愛おしそうに見つめる径子。 そして二つ目の異質な相談は久夫のものだ。 これは架空の相談だ。 確かに久夫は母に会いたいと願っているだろう。 だが、この相談自体は径子の心の中の自問自答だ。

 ページ越しに添い寝をする母と子。  近そうに見えても絶対に手が届かない距離。 この親子の距離感を、漫画というメディアの構造を活かして絶妙に表している。 この回は、径子の人となりを、そして母親としての側面を丁寧に丁寧に描き込んでいる。 この回があるからこそ、この後、彼女が人生2回目にして最大の不幸に見舞われたときに思わず漏らした言葉、すずを苦しめ続ける言葉を発したとしても、読者は彼女を嫌いになれないのだ。

径子の勤め先が寺だった理由

 径子の勤め先が寺だったのは、作者から あらかじめ与えられた救いの手ではなかったのか? 径子が子を失った悲しみや義妹を傷つけたという後悔、そして素直に謝れない自分への怒りに苦しんでいる時に、そばに住職や坊守さんがいて、相談に乗ってもらえる環境にあったからこそ、彼女の心は救われ、成長し、そして結果的に すずの心をも救えたのだ。 「妹御の身の回りの物(ゴム入りのもんぺ)を送って、仲直りのきっかけにするんじゃよ」 これはきっと坊守さんのアイデアに違いない。

あやまちって?

 最後のすずの相談の”あやまち”という言葉に読者はドキリとする。 前回までに夫の秘密を知ってしまったすず。 何かしでかしたのかと思うと、こちらもたわいもないことで肩透かしを食らうが、ここでもう一つの重大情報が。 今回は人生相談の様式を取っているので、相談者の年齢が明らかになるのだ。 これこそが、今回こんなに凝った構成にしている最大の狙いではないかと思う。

まだ19歳

 けなげに主婦業をこなしているすずだが、読者はこの相談によって彼女がまだ19歳であることを再認識する。 少女というにはトウが立っているが、まだまだ年端もいかない娘である。 作者は、のちに過酷な運命に翻弄される彼女の年齢を今一度、読者に印象付けておきたかったのではないか? 

 また、すずと径子の年齢差も明らかになる。 径子が28歳なので9歳差。 これはこの時代の長姉と末妹の年の差として、何ら不思議ではない数字だが、すず-すみの1歳差の姉妹の関係とは当然違う。 径子からすれば すずはまだまだ子供である。 この時代、忙しい親に代わって、長女は末妹を半ば親のように面倒見をするのである。 ”実の妹御のように可愛がるべし”という住職の教え、この時は諦めてしまったが、物語終盤では実の妹のように、時には娘のように自然に接することが出来るようになる。 

パッチワークだ! 

 バラバラの端切れが見事な袢纏になるエンディング。 刈谷さんの径子を見る目が熱い。 現代風に言えばパッチワークだ。 と、ここで気が付く。 今回、変則的なコマは人生相談コーナーの枠を表していると思っていたのが、実はパッチワークの端切れだったのだ。 凝ってるー!! そこでもう一度読み直してみると、確かにこのコマは端切れで、いくつかのコマは糸で縫い合わされている。 それは72ページの径子と晴美、73ページのお母さんと晴美と径子、同 径子とすず、74ページの径子と住職、同 径子とすず(と刈谷さん)。 径子とその愛おしい人たちが結び付けられているのだ。 住職とつながっているのは、後に精神的にお世話になるからか? (私の脳内設定では、径子は戦後 檀家さんたちの強い希望で寺の跡取り息子と再婚することになっているのだが…)

私はたぶん、この回のことが話したくて当ブログを立ち上げたんだと思う。