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週刊漫画ゴラクで こうの史代新連載! え、どこどこ?? [番外]

 本日(H30年3月30日)発売の週刊漫画ゴラクから こうの史代の新連載が始まるとのこと。 早速コンビニに行って漫画ゴラクを手に取ってみた。 えっとー、どこ? どこ? 見当たらない。 目次をみる、312ページ。 ・・・・ 見つからない。 もう一度、目次や次週予告を見る。 「裏表紙カラー1P連載」? うーん、カラーページを見ても見つけられない。 ・・・・

 もう一度、目次を見て・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ハッ!と気付いて雑誌を裏返す。 ここだ! ホントに裏表紙1枚だ! 「百一 Hyakuichi」というこの作品(?)は小倉百人一首をモチーフとした1コマ漫画のようだが、・・・・・ ここって、雑誌で一番大切な(高い)広告スペースじゃなかったっけ? 日本文芸社さん、ここの広告収入捨てたの? いやいや、ひょっとして売れた単行本の印税を全てなげうって、この広告スペースを買い占めた? 少なくとも100回分???(「長い道」のあとがきにはそのような旨の野望が書いてある) 相変わらず、すげえことやるなぁ。

 作品自体も謎である。 このまま、ただの百人一首紹介1コマ漫画になるのか? それとも、通して読むと 緩やかにストーリーが進展する漫画になっているのかな? いずれにせよ、週末はコンビニで裏表紙チェックの日々が始まるのね。


(H30年4月7日追記) 2回目は小野小町でした。 7首目、9首目と来てますね。 ところで、この主人公は誰? 作者の自画像にしては丸すぎる気がしたんだけど、今回の目つきの悪さは…作者?? 

 そして今回、この女性が一人暮らしであることが暗示されますが… つーことは、30歳前に付き合ってた彼氏と別れた後の作者、もしくは作者の分身?? そして、あの人は”シアワセになったかなぁ”と思う日々を過ごし、やがて彼氏と復縁して結婚するまでの、つまり作者の青春時代の思い出に沿って百人一首の世界を巡るのだろうか? 2年間かけて。

 うーん、まだまだ謎は深まるばかり。 それから漫画ゴラク、コンビニ巡っても、先週より見つけにくくなったぞ。

(H30年4月30日追記) 4回目は墨絵調。 これはひょっとして、”住之江”と”炭の絵”をかけている? ダジャレ?? そういえば、初回は”三笠の山”の句に”どら焼き”が出てたんだけど、これは、あの有名な文明堂のどら焼きの商品名が”三笠山”というのを後から知りました。(作者が長年住んでいた中野の駅前には文明堂がある!) やっぱりダジャレもあり??? どこへ行くんだ、この連載?!

(H30年5月12日追記) 5回目は”みかの原”の句に、お腹のぜい肉を見せ合う お水のお姉さんたち。 ひょっとして、”ミカの腹”???? やっぱりダジャレだ! そして、驚いているお姉さんの中には ”いずみ”もいるのか? あ、和泉式部? あの主人公は平安美人がモチーフかなとは思ってたんだけど、じゃあ誰がモデル? 和泉式部、紫式部、清少納言…

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続・広島からの手紙 [番外]

 広島の先輩から年賀状代わりに届いたDVD。 ひょっとしてと思いつつ中を確認すると...

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 あ、やっぱり「フェイス」だ! H29年の1月に中国地方ローカルで放送された、NHK広島製作の「フェイス 『すずが伝える戦争 ”世界の片隅に”込めた思い』」。 のんがナレーションを担当した本作は、単なる映画の紹介にとどまらず、こうのさん、片渕さんのインタビューに加え、スタジオゲストに「夕凪の街 桜の国」実写版を監督された佐々部清監督を迎えて、「この世界の片隅に」込められた”戦争を語り継ぐ”という思いを追っていったドキュメントです。 広島で再放送されたのを録画してくれたんですねぇ。 先輩、ナイスジョブ!!

 戦争を実体験していない世代、しかし体験者に触れることのできたギリギリの世代である作者や映画監督が、どのような思いで戦争を伝えようとしたのか(これは、こうのさんが「夕凪の街」や「桜の国」を執筆した動機でもある)、そして、その結果生まれた作品が実際の語り部活動に与えた影響を、丁寧に掘り下げていった番組です。

 このテーマは、本作を紹介した「クローズアップ現代+」でも取り上げられていましたが(「クロ現+」には、「フェイス」の素材が流用されていることがわかる)、広島局製作というだけあって「フェイス」のほうが、より自分たちの問題として向き合っているのが伝わります。 正月早々、いいものを送ってもらいました。 

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「この世界の片隅に」劇場版 TV初放送は”日本映画専門チャンネル”で 「アリーテ姫」と「マイマイ新子」も! [番外]

 劇場版のTV初放送が、H30年3月18日に「日本映画専門チャンネル」で行われることが決まったそうです。 ああ、そう来たか~。 てっきり、エンドクレジットにも名を連ね、最近、話題作のテレビ放映権獲得に実績を挙げているテレビ朝日か、NHKのBSプレミアムあたりだと思ってたんですが。 まずはCSからね。 ちなみに3月18日は呉初空襲の日ですね。

 本編の前後には片渕監督のインタビューが入るそうですが、つづく3月21日には、本作に加え「アリーテ姫」と「マイマイ新子と千年の魔法」のオンエアもあるそうです。 これは楽しみ。

 地上波、またはBSでの初放送は、やはり8月当たりかな? それとも、巷間で囁かれているように、レプロの圧力で地上波放送はないのかな??

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「荒神絵巻」と「荒神」 [番外]

小説「荒神」 連載'13年(H25年)3月14日~’14年4月30日 朝日新聞朝刊 全403回

「荒神」単行本 初版’14年(H26年)8月30日発行 朝日新聞出版 (発売日 同年 8月20日ころ)

「荒神絵巻」 初版’14年(H26年)8月30日発行 朝日新聞出版 (発売日 同年 8月20日ころ)  

「荒神」文庫本 初版’17年(H29年)7月1日発行 新潮文庫 (発売日 同年 6月28日ころ)


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 この物語の主人公は何故、38歳の女性でなくてはならないのか? これが、この物語を読み始めた私の素直な感想であった。 小説「荒神」は、宮部みゆきが朝日新聞朝刊にH25年3月14日から翌年の4月30日にわたって書き下した異色時代劇である。 こうの史代は、この新聞小説の挿絵を担当した。 連載終了後のH26年8月20日に、新聞掲載時の原稿から大幅に加筆修正された単行本が朝日新聞出版から刊行された。 こうのはこの単行本のカバー挿画も担当している。 さらにH29年6月28日に、単行本の原稿に映画監督の樋口真嗣の解説を加えた文庫本が新潮社から刊行された。 出版社が変わったためか、文庫本のカバー挿画は別の作家が担当している。

 単行本と同日のH26年8月20日に出版された「荒神絵巻」は、新聞掲載時の挿絵に挿絵担当の こうの自身が小説の内容を”要約”した文章を添えた”絵巻”として刊行された。 新聞小説の挿絵集が出版される事自体が異例なのに、さらに挿絵画家が小説家の文章をまとめ直して一冊の本にするという前代未聞の本作は、朝日新聞の”こうの史代囲い込み作戦”の一貫として敢行されたと思われるのだが、よく宮部が出版を許可したなぁと率直に思う。 小説のコミカライズ版でさえ、時に原作者の築いてきたものを踏みにじることがあるのに、この作品は挿絵画家が小説家の本分である文章の改変を行っているのだ。 よほど お互いをリスペクトしていなければ、あるいは反対に相手の実力を よほど見くびっていなければ(やるならやってごらんなさいという感じ)、このような作品の刊行を許したりはしないだろう。 

 「絵巻」は新聞掲載時の原稿を元にしているため、単行本で加筆された香山藩の内情の描写や、物語に重要な役割を担う絵師 菊地圓秀の後日譚が描かれていない。 一方、単行本では削除された おせんが形見分けを受けとるエピソードなどが残されているといった違いはあるものの、基本的には新聞掲載時の「荒神」の内容を非常に忠実に絵巻化している。 それは単なる小説のダイジェスト版ではなく、こうのの手による絵の力と、非常に簡潔に且つ的確にリズミカルにまとめられた文章によって、小説版となんら遜色のない読みごたえを感じさせてくれる。 そう、この絵と簡潔にまとめられた文章による、まるで”漫画的な”メディアの持つ力こそ、私が”宮部は本作に嫉妬しないのだろうか”と素直に危惧した理由であるのだが… 「荒神」と「絵巻」の2作は、対等な力関係でお互いを高めあっている存在と言っていいのではないだろうか。 

 さて、「絵巻」は原作に忠実と述べたが、「ぼおるぺん古事記」で このよく知られた古典を夫婦の物語に昇華させたように、本作でも こうのは密かに微かな挑戦を試みている。 原作ではクライマックスからラストシーンにかけ、ほとんど語られない主人公の主観が、「絵巻」ではより直接的に表現されている。 また、とある登場人物の出自について、より踏み込んだ解釈をしている。 この新解釈については、原作では明確に答えは描かれていないのだが、その解釈を念頭に原作、あるいは「絵巻」を今一度注意深く読み返してみると、ひょっとして?と思える描写が、そこここに散りばめられているのがわかるのだ。 これは、ビジュアルを伴う「絵巻」においてはさらに顕著で、なにしろ、その新解釈をもとに その人物の造形を見ると、思わず「ああっ!!」と叫んでしまうほどだ。(私そうでした) 

 当然、こうのは新聞連載前に物語全体の構想や、各登場人物の細かい設定を宮部から聞かされていたと思われるのだが、その時に この登場人物の裏設定も聞かされていたのだろうか? それとも、宮部から渡されたラフ設定を元に、こうのが独自に想像を膨らませたのか? はたまた、こうのが偶然につくり上げた その人物の風貌を見た宮部が、どんどんとイマジネーションをひろげて行ったのか?? この辺の裏事情を想像するだけでもワクワクする。

 いずれにしても、この こうのの微かな挑戦は、実はこの物語の本質を的確に表しているのではないだろうか? この物語はとかく、一方の主役といえる怪物の描写から、”シンゴジラの元ネタになった”とか、物語の舞台設定や、人が自ら産み出したものによって追い詰められていく様より、”福島第1原発の惨禍を寓話化したものだ”などといった評論がなされがちだが(実際、文庫本の解説はこの流れで行われている)、むしろ純粋に、そして単純に、主人公の朱音が母性を自覚し、自らの生きる意味を見出すという、一人の孤独な女性の悲しき成長譚として見ることが、この物語の本質であり、そして、主人公が38歳の女性に設定されている理由なのではないかと思うのだが…

 朱音がその登場人物(… ああっ、まどろっこしい!! やじだよ やじ!)に将来を優しく諭すシーン、新聞掲載時では「生きのびて、きっと幸せになるのですよ」となっているところを、こうのは この部分にあたるセリフをラストシーン近く(まさに原作に反し、朱音の主観が強調されている場面)に移すとともに、より具体的に「あなたはもう自由なのです。 (ネタバレのため略) 私と兄の分も、しあわせになるのですよ。」としているのだ。(あいかわらず、”幸せ”という字を使ってないな、このヒト) 面白いことに宮部の方も単行本化にあたり、この部分のセリフを「(ネタバレのため略) お山を下りて本来のあなたにお戻りなさい。 そして幸せになるのですよ」と、こうのと歩調を合わせるように修正しているのだ。

 宮部は新聞連載終了後のH26年5月6日の朝刊紙上において、「挿絵と読者に導かれ」という一文を寄稿している。 新聞小説において、作家が連載を振り返る文を寄稿し、その中で読者と挿絵担当に謝辞を述べるということ自体は珍しくないが、この宮部の一文は単なる社交辞令以上のものをこうのに返しているようである。 この作品は、二人の女性作家がお互いの実力を認め合い、互いに競い合った結果の産物なのかもしれない。 この意味で、「絵巻」は こうのから宮部への返歌であり、単行本の加筆部分は宮部から こうのへのリスペクトなのだろう。

 新聞連載は、おせんが佇むシーンで終わるが、単行本は絵師 菊地圓秀の後日譚で結ばれる。 絵一筋の人物として描かれ、自らの人生をかけて生涯最高傑作を描き終える圓秀の姿こそ、宮部みゆきから こうの史代へ送られた最高の謝辞かも知れない。 


(H30年1月1日追記) 「絵巻」には、原作から変えられているところが、実はもう一カ所ある。 それは、とある数字なのだが、これは上記の新解釈を説明しやすくするため、敢えて変えられたと思う。 一つ余るのだ。 原作版の数だと、新解釈で話しを進めようとすると、その余りの説明のためのエピソードが一つか二つ追加で必要となるのだが、こうのさんは新解釈を説明しやすくするため、数を都合の良いように変えたのだろうか?

 しかし、その”余り”の理由こそが、「つちみかどさま」が生を持った真の理由だったのだとしたら… ああっ、宮部みゆきって、何て恐ろしい作家なのだろう!!(褒めています) こうのさんは、この理由に気が付いていないのか? それとも、気が付いているけど、朱音のストーリーに集中させるため、敢えて省略したのか??(このヒト、結構 こういった大胆な省略するからなぁ)

 「荒神」って、実は二人の才能がガチでぶつかり合って出来た作品なのかも知れない。

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アクセス数がスゴイことになっています。 [番外]

 地味~に存続している当ブログのアクセス数が、ここ数日すんごいことになっています。 1週間前からアクセス数が徐々に伸び始め、昨日(H29年12月18日)は とうとう、1日の訪問者数が700人超え、ページビューは900に達しました。 これは、当ブログの通常の10日から20日分のアクセス数です。 おかげで、ソネット・ブログのコミック部門人気急上昇ブログランキングのトップに躍り出ました。(12月12日にも記録)

 これは、10月に書いた ”「原爆死」から「ビンの中のお父さん」へ”という記事にアクセスが集中しているためです。 この記事の中では、9月に名古屋ローカルで放送された 「ビンの中のお父さん~被爆者調査の真の狙い~」の感想を書いているのですが、この番組が12月17日深夜に全国放送されたのがきっかけです。 ABCC(Atomic Bomb Casualty Commission=原爆傷害調査委員会)の活動と そのABCCに原爆で亡くなった父を献体した女性の葛藤を追った異色のドキュメンタリーで、名古屋で放送されたときはさほど話題になりませんでしたが(少なくとも一昨日までは、当ブログがその番組の感想を載せた日本唯一のブログでした)、さすがに全国放送、非常に多くの人の関心を呼んだようです。 「ビンの中のお父さん」は12月24日にも日テレ系のCS局で再放送があるので、興味のある方は是非一度ご覧ください。

 そもそも私がなぜABCCに興味を持ったかというと、それはとりもなおさず 原爆症を発症した すずさんの妹の すみ に生き延びる可能性があるかを探るためでした。(ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、このブログはあくまでも「この世界の片隅に」を読み解くための個人的備忘録です。) 原爆の知識があり、当時の最先端の医療技術を持つアメリカならば すみを治療できるのではないか? ABCCの評判が悪いことは存じていましたが、それでも生きていて原爆症の治療にあたっていた将校さんと どんなことをしても(たとえそれが屈辱的な生体検査であっても)共に生き延び、原爆症の治療の糸口を見つけるための道を選ぶのではないか?と単純に思ったからです。

 それから色々とABCCについて調べたのですが(そのために広島の平和記念資料館にも行きました)、やっぱり、あまりにもABCCの評判が悪いことと(そもそも治療してないし)、すみのような症状を発していても長生きされた方が大勢いらっしゃることを知り(とはいえ、それは同時に長くつらい闘病生活を意味しているのですが)、この仮説は捨てたのですよ。 


 そういえば劇場版ブルーレイのオーディオコメンタリー(キャスト編)で、すみ役の潘めぐみさんが本当にすみの将来について心配していて、それを径子役の尾身さんと おかあさん役の新谷さんが ”大丈夫だよ”と励ましていたのには心打たれました。 本当に、この作品はキャストにも恵まれたんだなぁと思ったのです。


 ABCCは現在、放射線影響研究所という日米共同の研究機関に生まれ変わっています。 その研究の一部には、今なお軍事目的のものも含んでいます。 しかし、彼らの中に真剣に原爆症の研究に取り組んでいる人々もいるという事を忘れてはいけません。  

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片渕監督舞台挨拶 in 豊田KiTARA [番外]

 豊田市のイオンシネマで行われた、片渕監督の舞台挨拶に行ってきました。

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 こちらが、そのイオンシネマのある豊田KiTARA。 11月にオープンした豊田市駅前の再開発事業の目玉ですが、開業前にボヤがあったというニュースの方が記憶に残っているかな。

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 今回の舞台挨拶は、イオンシネマのオープニング記念という事で、チケットも1100円とお得。 12月1日に日付が変わった直後からチケット販売ということで、その日の昼に、「もう完売しているかな?」と劇場HPを覗きにいったら... まだ半分以上席が余っている。 こりゃ、行っとくかとその場でチケットを申し込みましたが、翌日に見たら...まだ半分残ってる。 豊田市の人は本作よりもジバニャンのほうがいいのか? あ、そういえばと、思い当たることが。

 この日(12月3日)は豊田市に本拠を置くトヨタ自動車の最大の社内イベント、駅伝大会がある日だ! 3万から4万人といわれるトヨタ関係者が豊田市郊外のトヨタスポーツセンターという広大な施設に集まって なんやかんややって、日中は市内は閑散。 そして午後は職場ごとに各地に散って打ち上げをしとるのだとか。

 そしてさらに悪いことに、この日の16時からは名古屋グランパスのJ1復帰を賭けた一戦が豊田スタジアムで開催。 やはり、4万人といわれるサッカーファンが昼過ぎからスタジアムに続々と集結。 やっぱり豊田KiTARAを含む駅前を素通りすると思われるのです。

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 13時過ぎ、豊田KiTARAの下を続々とサッカーファンがスタジアムに移動中です。 さて、話しを今回の上映会に戻すと、このイオンシネマ豊田の上映時間は145分となっています。 通常よりも20分近く長いけど?

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 実は、「この世界」劇場版の前に、片渕監督やMAPPAが製作に係わった、「約束への道」という作品が上映されるからです。 これは、トヨタ自動車が製作し、豊田市内で実用社会実験の行われている「Ha:mo RIDE」という、一人乗り電動コミューターのPR映画です。 トヨタ、金があるから今話題の片渕監督にPR動画作らせたんだな。 こんなところで、トヨタの宣伝なんかせんでも… ただでさえ舞台挨拶でトイレが我慢できるか心配なのに。

 で、上映開始時間の14時が過ぎても、延々と映画の宣伝が… ああ、昨日のぎふアジア映画祭は、いきなり本編が始まった(東京テアトルもMAPPAの画面もなし)のに、宣伝だけで15分! さすがイオンシネマ!(宣伝のおかげで上映料金が低価格なのかもしれませんが) 結局、「約束への道」は5分程度でした。 内容は「ハーモ」の宣伝なんですが、片渕監督らしく細かに造りこまれていました。 でも、まあ、無くてもいいかな。 と、この時点では思ってたのですが…

 宣伝は長いけども、さすがに新しい映画館だけあって、スクリーンは大きく鮮明だし、音もいい。 これは、昨日の岐阜市民文化センターとは較べようがない、って言ったら悪いかな? でも、観客のノリは、昨日の岐阜の方がはるかに上でした。 普通なら観客が大きく反応する、前半の笑いの出るシーンでも、劇場内はシーンと静まり返っています。 豊田市民、おとなしい!! これが市民性? さすがに19年8月くらいからは声が上がるようになってきましたが…

 さて、自身6回目となる今回はスクリーンが鮮明なこともあり、スクリーン上の いつも見てるところとは違うところを見るように心がけましたが、例えば、終戦直後の刈谷さんちの食卓の上に湯呑が二つ載っていたり、ラストシーンでは北條家の隣屋(堂本さんち?)に灯りが2カ所灯ってたりと、いろいろと想像を膨らませることが出来ました。 そして、上映終了後(なんとか尿意も催さず)、東京テアトルの人の紹介で片渕監督登場。 撮影可です。(どんどん、SNSに上げてくださいとお願いされました)

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 その片渕監督、いきなりクラウドファンディングの例を出して、この劇場版の資金繰りの話しから始められました。 そして、まったく資金調達の目途が立っていない2012年(H24年)ころに、劇場版製作の原資を得るために色々と短編映画の請負を始めたことを告白されます。 それが、「親と子の花は咲く」であったり、プロモのビデオだったり、そして、一連の請負の一番最初の仕事が「約束への道」だったと仰られたのです。 つまり、この「約束への道」がなければ、「この世界の片隅に」劇場版は誕生してなかったかもしれないのです。 ”無くてもいい”って思ってごめんなさい! 「この世界」劇場版史上において、非常に意味のある作品だったのですね。

 そして、「約束への道」が、こんな大スクリーンで上映される日が来るとは、映画館用のポスターを作成することになるとは思ってもいなかったと、感慨深げに話しておられました。 また、劇場版が公開から380日以上連続で公開され続けているのは、ひとえにイオンシネマ豊田のように、この作品のためにスクリーンを用意してくださる劇場や、劇場に通ってくださる観客の皆さんのおかげですと、感謝されていました。 ちなみに、来年の2月初旬までは予定が入っているので、410日以上連続公開は確定だそうです。

 片渕さんの話しは その後、海外のお客さんの反応から、この作品の描かれた事をつい最近の出来事と重ねて見ておられる人が世界には多くおられるという事、ささいな幸せ(カンボジア内戦前に小豆の甘いお菓子を食べさせてもらったという親の記憶)も戦争によって奪われてしまうという事実を受け止めないといけないという事と続き、最後は 「すずさんは今もどこかでカープを応援しているでしょうね!」で結ばれました。

 舞台挨拶が終わって劇場を出ようとすると、「この後、片渕監督のサイン会があります。 グッズ販売もしておりますが、ご自身でお持ちになったモノでもいいですよ」とアナウンス。 ああっ、他のお客さん、ブルーレイや”ありがとうハガキ”持って来てる。 そうか、舞台挨拶とサイン会ってセットなのね。 劇場側ではパンフレット(1000円)も準備してくれていましたが、ここは堪えて劇場を後にします。 昨日、コトリンゴさんにもらったし、縁があったら、またどこかでサインを頂く機会があるでしょう。 実は、この判断が別の縁を呼び込むことに。

 劇場を出て豊田市駅に向かっていると、目の前に懐かしい顔が二つ。 私が海外駐在している時の、ローカルスタッフだ。 トヨタさんと会議があるとかで来日、今ホテルに着いて街に出たところだという。 サイン会に並んでたら会えなかったね。 なんと8年ぶりの奇跡の再会! メルアドを交換して、18時過ぎたら気を付けろ、殺気立ったサッカーファンが街に出てくるからな!と忠告して家路に。 結構、充実した縁に溢れた週末となりました。

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第39回ぎふアジア映画祭とコトリンゴLIVEに行きました [番外]

 今日はぎふアジア映画祭とコトリンゴLIVEの日。

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 コトリンゴさんのLIVEは既にチケット完売。 そして、本日1回目の「この世界の片隅に」の上映は混雑が予想されるために、11:45から前売り券のある人にのみ整理券が配布されます。(前売り券は3日前から販売停止) 整理券の配布状況を見て当日券が販売されるとのこと。

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 名鉄岐阜駅に着くと「ブラタモリ」の宣伝が。 今日、岐阜の予定なんですね。

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 会場の市民文化センターの状況を確認して、整理券配布までの時間を柳ケ瀬商店街でぶらりと過ごします。 高島屋でお弁当を買って、11:15くらいに文化センターに戻ると...

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 もう、30人くらい並んでいるよ! おばさん率(それもかなり上)高し!! 弁当を片手に列に加わります。 と、前のほうから「周作さんが、周作さんが…」との声が。 見ると前のほうの、かなり年配のご婦人の二人組が便箋に手書きで書いた登場人物相関図で予習中。 「お姉さんが性悪で…」 言われてますよ径子さん。

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 30分待って、整理券ゲット。 42番… 「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」だ! 整理券を入手後は、外の公園で昼食。 なだ万の1080円のお弁当。 私のまわりにもお弁当を食べているおじいさんとおばあさん達が...

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 整理券を持っている人は12:30から番号順に劇場に入る予定ですが、ご覧のように当日券目当てのお客さんがずらり。 予定より早めに入場して好みの席に。 私の場合はLIVEと同じ席に陣取ります。 上映前に劇場内のトイレに行くと、その前にコトリンゴさんのCDと「この世界」の手ぬぐいが販売されていました。 混雑を避けるために今のうちに買っておきます。

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 CDを含む2品を買うと、LIVE後のサイン会に参加できるというので、「こどものせかい」の入っているCDと手ぬぐい(黒)を購入。 サイン会引換券は生協のスタンプみたい。

 満席となった小ホール、13:00より主催者の挨拶(今回最多の人出とか)と のんさんの”ぎふアジア映画祭”に向けて寄せられたメッセージの後(ちょとピンボケ)、私にとって5回目となる劇場版がスタート。 ん、この映写機というかプロジェクター、ちょっと性能悪い? 色焼けしている?? オープニングのキャストの文字がぼやけてる。 まあ、本編の映像は問題なかったけど、エンディングのクレジットがやっぱりボケている。 来年までには更新してね。

 さて、ブルーレイでも何回か見ているのですが、この作品の本編が径子のセリフで幕を下ろされることの意味を考えると、グッと胸に来るものがあります。 本当に回を重ねれば重ねるほど、深く深く胸の奥に何かがこみ上げてきます。

 そして16:00よりコトリンゴさんのLIVEスタート。 今回はソロのようです。 バンドとか、オーケストラと一緒にやるのもいいけど、ソロでやる方が伸び伸びやられている気がしました。 広島の「いのちのうた」の時は、本当に歌い難そうだったもんね(とくに「悲しくてやり切れない」)。 今日は気持ちよさそうに歌って演奏されていました。 アレンジもCDのモノから少し変えられていて良かったです。 「この世界」サントラとオリジナルアルバムから新旧の歌を数曲。 後半はトークも乗って来られたようで、岐阜県の感想で会場が盛り上がっていました。 でも、調子が良すぎたのか(はたまた時間が押したからか)、最後の「すずさん」が超速で… まるで練習曲のように超絶技巧で… この曲は、少しタメを作った方が… でも、アンコールで「こどものせかい」を歌っていただけたので、大変得した気分です。 正直、今の声の高さだとキツイかな?と思っていたんですが、いや、今の声でもいいです。

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 最後にサインを頂いている間にも声をかけて下さって、とても丁寧にファンサービスをしてくださいました。 コトリンゴさんは、明日は名古屋の聖マルコ教会でソロのコンサートが、そして年明けの2月に今度はバンドと一緒に名古屋に来られるそうです。

 そして明日は、豊田のイオンシネマで片渕監督の舞台挨拶があります。

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コトリンゴさん 11月2日のSONGSに登場。 ひょっとして紅白当確? [番外]

 H29年11月2日(木)のNHK「SONGS 第440回 2017年話題の歌スペシャル」(総合:午後10時50分から11時15分)にコトリンゴさんが登場されます。 広島訪問にインタビュー、そして「悲しくてやりきれない」のスタジオ内大編成特別版を放送の模様。 「いのちのうた2017」同様に、「コトリンゴの映画音楽」からの素材流用があるのでしょうが、それでも別アレンジバージョンが聞けるのは楽しみ。 「いのちのうた2017」の時はオーケストラバージョンだったんだけど、ゆっくり目の指揮で大変歌いにくそうでしたが…

 それにしても、最近NHK出演が重なるコトリンゴさん。 今年はこれといった目玉がないと言われる紅白ですが、ひょっとして出場するのかしらん? とりあえず、私は12月2日の岐阜のコンサートの時に職場の忘年会が重ならないことを祈っています。

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こうの史代 『この世界の片隅に』 原画展@名古屋松坂屋 [番外]

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 松坂屋名古屋店で始まった、原画展に行ってきました。 松坂屋名古屋店南館 8階のマツザカヤホールで、1週間のみの開催です。 松坂屋さん、たけしの展覧会やらなんやらで忙しいから、会場はかなり小さめです。 てっきり、名古屋開催の時は高浜の瓦美術館でやるだろうと思ってたんですが… 今日は平日のためか、じっくりと食い入る様に見学できましたが、週末3連休はかなり混むんじゃないかな? もっと、ゆったりとした展示だったらよかったのに。

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 入り口横の巨大タペストリー。 福岡会場に来場された、こうの先生の直筆サインがあります。 メジロ! ここまでは撮影可。 会場内は、ちょっと狭いのですが、展示内容は素晴らしい! 下書きの青鉛筆や、切り貼りした部分、ホワイトの修正跡がよく分かります。 効果線や遠近法のための補助線の中には、どの部分のために引いたのか判らない線もありました。(自分で漫画描いてる人はわかるんだろうな。) 見開きページは、まず一枚絵で描いてから切り離していたりとか、あ、この場面は何度も描き直されてるんだとか、大変興味深いです。

 羽ペンは鷺ではなくてハトの羽根だったりとか、小春橋の上の周作のセリフが何度も何度も書き直されてたりとか、あの感動シーンのあのキャラクターの表情がホワイトで修正されていたりとか、本当に楽しい、ためになる! そして、今回、私が一番見たかった、第33回の5ページ目もありました。

 今回、こうのさんは一コマ一コマ枠線を描いていることがわかりました。 つまり、すずをなじる径子のコマが隣のコマと繋げられているのは、作者が意志を持って繋げている(特に1・2コマ目)ということがわかりました。 この作品で最もつらいシーンなのに、こうのさんの優しさを垣間見ることが出来ました。 ああ、来てよかった… 会社休んでまで…

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 来場者プレゼントの すずさんのポストカード(東京会場のと同じもの)。 この すずさん、ちょっとふっくらしてると思いません? 戦後、栄養状態が良くなってきていると信じましょう。

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 呉市美術館まで行って探した図録集もゲット。 薄っ! そして、こうのファンが名古屋に来たなら、ぜひとも買っておきたい お土産がもう一つ。

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 青柳総本家さんの”カエルまんじゅう”。 こうのさんが、メディア芸術祭の授賞式に出席されて夜遅く帰宅した時に、寝ないで待っていてくれた 旦那さんと仲良く召し上がられたとのことです。(「平凡倶楽部」参照) 青柳総本家さんは、松坂屋本館のB1Fに出店されています。 青柳さんは、並びで出店されている”大須ういろう”と並ぶ、”名古屋ういろう”の名店ですが、”カエルまんじゅう”は名古屋でも知る人ぞ知る(つまり、そんなに有名じゃない)銘菓? これを名古屋土産に選んだ こうのさんの旦那さんは、ホンマもんの豪傑なんじゃねぇ。

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「ぼおるぺん古事記」から「平凡倶楽部」へ [番外]

300柱すべて描き下ろし!

 「この世界の片隅に」全話読み解きを一通り終え、次に手にしたのは「ぼおるぺん古事記」((一)H24年5月27日発売、(二)H24年9月27日発売、(三)H25年2月26日発売)だった。 

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 古事記に触れるのは高校の時以来だ。 あのときは、やたら”ほと”にものが刺さる物語だなぁくらいにしか思わなかったが… 「ぼおるぺん古事記」は、古事記のコミカライズではあるが、セリフは(作者注はあるものの)ほぼ原文の読み下し文そのままである。 それでも、こうのさんによって愛らしく漫画化された神々の絵のおかげか、サクサクとストーリーが入ってくる。

 読む前は、八百万(やおよろず)の神様たちのいく柱かは、こうの漫画の既存のキャラクターが客演している(たとえばアメノウズメはリンとか)と思っていたのだが、なんと300柱にも及ぶ神々はすべて描き下ろしだ。 馴染みのあるキャラクターは鳥たちくらいで、系譜上に語呂合わせで出てくるような神様でさえ、たぶんこういう御姿なんだろうなと納得してしまう造形になっている。 そしておそれ入るのは、親子関係にある神様たちが、ちゃんとそういう顔になっているところだ。

 前述のように、全セリフが(口語訳ではない)原文のままなのに、その原文のリズム感さえ楽しく読めてしまう作品となっている。 また、古事記の漫画化作品があまたある中で、本作は”もっとも恐ろしいイザナミを描いた作品”として、世の男性陣に記憶される事だろう。

こうのさんの苦悩

 第三巻(海の巻)巻末には、付録として本作のスピンオフとも言える作品が3作収録されている。 その中の「彼を追いかけて」は、本作連載開始前に行われた出雲取材の様子をまとめたエッセイで、「文芸春秋H23年7月号(同年6月10日発売)」に「古事記を追いかけて」と題されて掲載されたものの再録である。 注目すべきは、その中で こうのさんが「最後の漫画連載を終えて、もう二年経つ。 長く描けなかった。」と告白されている点だ。 もちろん”最後の漫画連載”とは、「この世界の片隅に」のことである。 

 それはそうだろうと、素直に思う。 あんな壮大な物語を、極めて厳密なスケジュールに基づいて連載しなければならなかったのだから。 昭和18年暮れから21年初頭まで続く物語を、平成18年暮れから21年初頭まで、ほぼリアルタイムで連載するという魂をすり減らすような仕事を、日本でただ一人成し遂げたんだもの。 「この世界・・」のあとがきで、「正直、描き終えられるとは思いませんでした」と書かれていたのもうなづける。 完全燃焼したんですよね?

 では、この空白の2年間に、こうのさんはどのような充電生活を送られていたのだろうか? どのようにもがいておられたんだろうかと気になり、この充電期間に刊行された「平凡倶楽部」を手に取ってみることにした。

Web”エッセイ”と「わしズム」

 ”充電期間”といっても、別に こうのさんは2年間ぷらぷらしていたわけではない。 Web平凡の「平凡倶楽部」、Nextcomic ファーストの「月刊こうの史代」という2つの連載を持っていたし、Be Loveには読み切り作品を掲載されている。 また、福音館の「こどものとも」の絵本書評に挿絵を提供し続けている。 単行本の「平凡倶楽部」(H22年11月30日初版発売)はWeb平凡に連載されていた同名のWebエッセイ(?)に、「わしズム」に掲載された約5.5本の掌編漫画を同時収録したものだ。 「雑誌のような本が作りたい」と言われるとおりに、大変バラエティに富む内容になっている。

 正直、充電期間の実験的作品と高をくくって読み始めたのだが、「この世界の片隅に」下巻以上の衝撃を受けた。 家族のこと、夫婦のこと、仕事のこと、そして、はからずも故郷の歴史と向き合わざるを得なくなった こうのさんの宿命が赤裸々に描きこまれていた。 以前、こうのさんが劇場版主題歌の「みぎてのうた」を聞いて、『これは自分の歌だと思った』と書いておられたのを見たが、その時は正直ピンとこなかった。 だが、この「平凡倶楽部」を読むと、その言葉の意味が良く理解できる。

反戦平和漫画家による先制攻撃

 「わしズム」は、「ゴーマニズム宣言」などで論壇ブームに火をつけた小林よしのりが ”真の保守論客”を育むために立ち上げた雑誌で、各号ごとに設定されたテーマに沿って幅広い書き手(小林の仇敵さえも)が登場している。 当時の小林の人気は凄まじかったようで、うちの近所の公民館の図書館にさえ全巻が所蔵されている。 おかげで、こうのさんがどういう経緯でこの雑誌に寄稿されたかを確かめることが出来た。

 こうのさんが初めて登場されるのは、第19号「戦争論以降」だ。 この号は、小林の名を上げた「新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論」(第一巻 H10年7月10日発行、第二巻 H13年10月1日発行、第三巻 H15年7月25日発行)以降に日本の論壇がどう変わって行ったかを検証する内容であり、「わしズム」の創刊目的が果たされたかをも検証する、同誌のターニングポイント的な位置づけの回である。 この回の冒頭で小林は、「この回の巻頭作品として、どうしても こうのさんの漫画が欲しい」として、「小林は右翼と思われているかも知れないが(中略)、どんな内容でもいい、反戦平和でもいい」と、三顧の礼を持って執筆を懇願したという事実を明かし、また、送られてきた絵コンテを見て、「自分の想像をはるかに超えた内容だった。」と絶賛している。

 本来、作品内容や作家性を無視したレッテル貼りは、こうのさんの本意ではないはずだが(もちろん小林は、純粋に こうのさんの作家性を見込んで執筆依頼をしているが..)、このデビュー戦で こうのさんは敢えて ”反戦平和作家”を演じ切っている。 小林は、作家の主張をどストレートに漫画に反映するという手法を編み出した天才であるが、こうのさんも漫画の中に自らのメッセージを深く織り込み、読者自身に深く考えさせるという、自身のスタイルを貫いている。 だが、その内容は非常に強烈だった。 「わしズム」の読者は、この「古い女」という作品に幾重にも仕掛けられた強烈なメッセージにいきなり圧倒される。 この作品は全編にわたって、”広告チラシの裏”に描かれている(演出がされている)のだ。 お前たちに原稿用紙を使うのはもったいない!とでも言わんばかりの、反戦平和作家による強烈な先制攻撃に読者は圧倒される。 本編の内容も、空虚な議論に酔いしれる男どもに対する強烈な皮肉に満ちている。

 「わしズム」には、作品の後に筆者紹介のページがあるが、ご丁寧に、そのページさえもチラシの裏が使われている。 そして、そのページに掲載されている こうのさんの写真は、「他にもっといい写真があったでしょ!!」と、突っ込まずにはいられないほどの しかめっ面である。 過激な内容の作品を掲載はしているのだけども、その内実は、少しの隙をも見せてはいけないとビクビクしていたのだろうか?

Win-Win-Win?

 しかし、この次の第20号に掲載された読者の反応を見ると、意外なことに(本当に意外!)、読者の反応はたいへん好意的で、そして何よりも、イデオロギー論争抜きに純粋に漫画として楽しんでいた様子が伺えるのだ。 このデビュー作は編集(小林)・作者・読者それぞれにとって、ともに実り深いものであったようで、この後、「わしズム」が廃刊になるまで、こうのさんは4回にわたって執筆されている。

 「この世界の片隅に」は、連載中に数回休載がある。 それは単行本の準備や、作中の時間経過の調整のためだと思っていた。 しかし、この休載のタイミングと「わしズム」の原稿執筆タイミングがピタリと重なっていることにも気付くのだ。

作者の作品に関する年表(「わしズム」バージョン)

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 そして、後の4回分の筆者紹介のページのこうのさんは、こころなしか少し微笑んでおられるように見える。

「夕凪の街」との共通点

 「わしズム」という、非常に特殊な雑誌にもかかわらず、こうのさんは各号の特集テーマをベースに非常に自由な発想で(もちろん政治・イデオロギー抜きに)作品を描かれている。 第22号「『結婚』は必要か!」に掲載された「私の青空」では結婚を”窓”に例え、同じ号に同時掲載された「私の白日」(これは漫画といってよいのか、エッセイといっていいのか非常に悩ましい作品だが)では、自身の生い立ちや夫婦の馴れ初めといった非常にプライベートなことを”白日”の下にさらされている。 本当に、「こんなプライベートなことを『わしズム』なんかで言っちゃっていいの?」と、読んでいるこちらが気を使ってしまうのだが、この作品のおかげで、これまで作者の類い稀な想像力の産物だと思っていた各作品の登場人物たちが、こうのさんの実体験を反映した作者の分身であり、例えばリンの「居場所はそうそう無うならん」というセリフでさえもが、こうのさん自身の言葉なのだということに気付けるのだ。

 第23号の「へ海らか山」は戦争をテーマにしているが、それは この号のテーマが「『物語』としての戦争」だからであり、第28号「日本国民としてのアイヌ」ではアイヌの伝承をもとに、すべてのモノに神が宿るさまを写実的な表現で表している。 このモノに宿る神々の表現は、後の「ぼおるぺん古事記」の八百万の神々にも通ずるものがある。

 「わしズム」最終号となった第29号に掲載された「なぞなぞさん」は、これまで作者自身が遭遇した、”あらかじめ決めておいた自分のストーリーに沿って作家の言葉を勝手に切り取って貼り合わせていく”マスコミへの批判となっており、この号のテーマである「売国政治家ランキング」からはかけ離れているように思える。 だが、この号の冒頭で小林は「わしズム」を廃刊にするに至った理由と、その原因となった”圧力に屈するマスコミ”を痛烈に批判しており、実は こうのさんこそが、この号に臨んだ小林の心情に最も近い作品を掲載していることになるのだ。 

 そして、問題(となりそうな)作品を雑誌の最終号のドタバタに紛れて掲載するというやり方は、奇しくも、「夕凪の街」が辿った経緯と酷似しているのも興味深い。

「平凡」という名の挑戦

 一方の「平凡倶楽部」は、宙出版の「月刊こうの史代」(なぜか「古事記」が連載されているそうな)と同時期に開始された、こうのさん初のWeb連載(デジカメも持ってない人がWeb連載というのもすごい話ではあるが…)である。 一応、エッセイと自称している通り、こうのさんが その時々に感じたこと、興味をもたれたことが、実に様々な表現手段で描き著わされている。 「この世界の片隅に」執筆に至った動機を説明された「戦争を描くという事」(リンの生い立ちの矛盾に対するヒントらしきものが…)、この連載の名物企画となった”定点観測”シリーズ、こうのさんの意外な主婦力の高さを証明してしまった「実録! あいつのゆくえ」、悪名高き東京都の青少年健全育成条例を知るために単身 東京都庁に乗り込んだ「東京の漫画事情」(こうのさんのエロまんがが拝める!)、日本郵便への挑戦としか考えられない「密かな休日」、そして読者との距離が近いWebコミックの利点を活かした「今日の運勢」などなど、読者に退屈する暇を与えない。 

 このように、執筆の時期も動機も極端に異なる2作を一つの本にまとめたのが、単行本の「平凡倶楽部」なのだが、驚くことに、最初からそう計算して執筆されていたかのように、一つの本になった時の違和感がないのだ。 そして、”時計の針を戻したいのか?”と問う「へ海らか山」、”あなたたちの考える理想の日本とはこういうことですか?”と描いて見せた「古い女」、さらには、自分の信じる道こそ正義だと信じるマスコミを揶揄した「なぞなぞさん」と一連の「わしズム」作品が続いた後に、「平凡倶楽部」の定点観測シリーズの集大成ともいえる「8月の8日間(と80年)」で この単行本は結ばれる。

自分の宿命と向き合った女

 「8月の8日間」は、H22年8月2日から10日まで、広島平和記念公園を1日数回、定点観測したものだ。 8月9日の様子も伝えているのは流石だ。 あれ、9日間??? もとい! これは、「夕凪の街」と出会ってしまったがために、故郷の歴史と向き合わざるを得なくなった女性の記録でもある。 自分は”お涙頂戴作家”でも”反戦作家”でもないと言いながらも、けっして故郷から逃げなかった こうのさん。 家族とのふれあいを大切にするように、この作品がきっかけで出会った人たちとの絆をも深めていった様子が垣間見える。


 一見、特殊な雑誌に見える「わしズム」だが、その編集方針はとてつもなく開放的で、ガチガチのネット右翼が多いと思われていたその読者もまた、実は純粋に漫画を愛する人たちだった。 「平凡倶楽部」のWeb雑誌という特性、原稿Upから読者の反応が返ってくるまでの短さは、作者の創作意欲をフルに活性化させたはずだ。

 あとがきに、「愉快だったなぁ・・・ 本当に愉快だったなあ」「再び楽しい平和な漫画を描く勇気を、わたしは確かに受け取ることが出来ました。」とあるように、こうのさんは再び連載漫画を描く決意をされるのだ。


 「この世界の片隅に」に描かれたことを深く理解するためには、「長い道」と併せて、この「平凡倶楽部」もぜひ読んでおくべき作品だと思う。(幸い、この2作はまだ比較的簡単に新品を入手できる)

そして再び「ぼおるぺん古事記」に

 「平凡倶楽部」を読むと、「ぼおるぺん古事記」に感じていた、ある思いが一層鮮烈になってくる。

 「古事記」は極論すると、偽歴史書である。 反乱を起こした側が勝利するという、”世界的にも珍しい(by 釈迦林素子 全長:184m)”政変である「壬申の乱」によって政権を掌握した大海人皇子=天武天皇が、長引いた政変と朝鮮進出の失敗(白村江の戦い)によって凋落した朝廷の権威を再び取り戻すため、そして自らの皇位継承の正当性を示すために、日本各地に伝わる神話を(なぞなぞさんみたいに)都合よく繋ぎ合わせたものである。 だから、天子降臨でなく天孫降臨になっているのだ。 また、その天孫である、ホノニニギノミコトを迎えた国つ神の猿田彦は、その大役を終えた後にアメノウズメの監視のもと故郷に帰され、あっけなくヒラブ貝に挟まれて水死してしまう。 これは、もともと伊勢の土着の太陽神だった猿田彦が、アマテラスとキャラもろ被りのために早々に退場させられたと考えられている。 

 このように、朝廷に都合の良いように編纂された物語のはずなのに、こうのさんは原作に忠実に漫画化しながらも、これを大いなる家族の物語として、そして夫婦の物語として再構築していることに気付く。 ”原作に忠実”といったが、実は「ぼおるぺん古事記」には、オリジナルと大きく異なるところが一カ所ある。 先の猿田彦がヒラブ貝に海に引きずり込まれた後、なんと無事に生還しているのだ。 そして、猿田彦とアメノウズメが心通わせる様が、非常に古典的なタッチで描かれる(キックオフ!!!)。

 この改変はナゼされたのか? それは、「この世界の片隅に」完結後の充電期間に家族との時間、そして夫婦の時間を大切にされた こうのさんにとって、この夫婦神(民間伝承では、仲睦まじく暮らしたと伝えられている)の仲を引き裂くことは、とても耐え忍びないことだったのかもしれないな。

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