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第20回 19年11月 [中巻]

「第20回 19年11月」 掲載’07年(H19年)12月4日号 (発売日 同年 11月20日ころ)

まるで萌え漫画

 いつもは1ページ目からストーリーが始まっているのに、今回は珍しく まるまる扉絵として使われている。 よく見ると、変則的なコマによって径子の働きぶりが紹介されているが、それもデザインの一部に見える。 まるで萌え漫画のような扉。 もんぺ萌えである。  

実は重要回

 今回は、全編が昭和の人生相談風に描かれているので、一見、変化球の回のように思えるが、実は物語後半へ向けてのカギとなる情報があちらこちらに散りばめられている大変重要な回だ。 もし劇場版の演出に瑕疵があるとするならば、それはリンのエピソードを削ったことではなく、この回のエピソードを削ったことだと私は個人的に思う。

径子が斬る!昭和人生相談

 小林の伯父さんから紹介された径子の勤め先はお寺さんだったことが明らかになる。 確かに、この時代、寺は唯一の成長産業だ。 猫の手も借りたいだろう。 家事は苦手なように描かれる径子だが、てきぱきと寺の仕事をこなしているようだ。 今回の人生相談は、寺を訪れた檀家さんとの会話で出た困りごとや不平・不満を、径子が受け答えをしている様子を表している。

 径子のアドバイスはとても的確で、どれも正論でバッサリと切り捨てている。 学生たちの不満には”挨拶で威圧しろ”。 これは第5回で径子自身がすずに実践したことだ。 一方で、金属供出を拒む夫(良人)に対する回答では、相手のメンツを立ててやる、径子の常識人としての一面が示される。(あ、”非国民”という言葉が出て来てる。) きっと、径子さんは檀家の皆さんから絶大な支持を集めたんだろうな。 ここで、さりげなく焼夷弾対策の情報が挿し込まれているのに注意。 文士崩れの質問には何か元ネタがあるのかもしれない。

異質な二つの相談

 今回の相談の中に、二つほど異質なものがある。 一つ目は径子自身が相談主となっているものだ。 相談相手は寺の住職。 相談内容自体は たわいもないすずへの不満であるが、ここではその内容よりも、径子も寺の住職に日ごろの不満や不平を聞いてもらえる環境にあるという事実だ。(あ、右ひざのつぎ当てに金魚!) これは後述するが、この回に隠された最大の情報の一つだ。 

ページ越しの添い寝

 家の外では社交的で強い独立した女性の顔を見せる径子も、家に帰れば、そして子供の前では一人の母である。 晴美を愛おしそうに見つめる径子。 そして二つ目の異質な相談は久夫のものだ。 これは架空の相談だ。 確かに久夫は母に会いたいと願っているだろう。 だが、この相談自体は径子の心の中の自問自答だ。

 ページ越しに添い寝をする母と子。  近そうに見えても絶対に手が届かない距離。 この親子の距離感を、漫画というメディアの構造を活かして絶妙に表している。 この回は、径子の人となりを、そして母親としての側面を丁寧に丁寧に描き込んでいる。 この回があるからこそ、この後、彼女が人生2回目にして最大の不幸に見舞われたときに思わず漏らした言葉、すずを苦しめ続ける言葉を発したとしても、読者は彼女を嫌いになれないのだ。

径子の勤め先が寺だった理由

 径子の勤め先が寺だったのは、作者から あらかじめ与えられた救いの手ではなかったのか? 径子が子を失った悲しみや義妹を傷つけたという後悔、そして素直に謝れない自分への怒りに苦しんでいる時に、そばに住職や坊守さんがいて、相談に乗ってもらえる環境にあったからこそ、彼女の心は救われ、成長し、そして結果的に すずの心をも救えたのだ。 「妹御の身の回りの物(ゴム入りのもんぺ)を送って、仲直りのきっかけにするんじゃよ」 これはきっと坊守さんのアイデアに違いない。

あやまちって?

 最後のすずの相談の”あやまち”という言葉に読者はドキリとする。 前回までに夫の秘密を知ってしまったすず。 何かしでかしたのかと思うと、こちらもたわいもないことで肩透かしを食らうが、ここでもう一つの重大情報が。 今回は人生相談の様式を取っているので、相談者の年齢が明らかになるのだ。 これこそが、今回こんなに凝った構成にしている最大の狙いではないかと思う。

まだ19歳

 けなげに主婦業をこなしているすずだが、読者はこの相談によって彼女がまだ19歳であることを再認識する。 少女というにはトウが立っているが、まだまだ年端もいかない娘である。 作者は、のちに過酷な運命に翻弄される彼女の年齢を今一度、読者に印象付けておきたかったのではないか? 

 また、すずと径子の年齢差も明らかになる。 径子が28歳なので9歳差。 これはこの時代の長姉と末妹の年の差として、何ら不思議ではない数字だが、すず-すみの1歳差の姉妹の関係とは当然違う。 径子からすれば すずはまだまだ子供である。 この時代、忙しい親に代わって、長女は末妹を半ば親のように面倒見をするのである。 ”実の妹御のように可愛がるべし”という住職の教え、この時は諦めてしまったが、物語終盤では実の妹のように、時には娘のように自然に接することが出来るようになる。 

パッチワークだ! 

 バラバラの端切れが見事な袢纏になるエンディング。 刈谷さんの径子を見る目が熱い。 現代風に言えばパッチワークだ。 と、ここで気が付く。 今回、変則的なコマは人生相談コーナーの枠を表していると思っていたのが、実はパッチワークの端切れだったのだ。 凝ってるー!! そこでもう一度読み直してみると、確かにこのコマは端切れで、いくつかのコマは糸で縫い合わされている。 それは72ページの径子と晴美、73ページのお母さんと晴美と径子、同 径子とすず、74ページの径子と住職、同 径子とすず(と刈谷さん)。 径子とその愛おしい人たちが結び付けられているのだ。 住職とつながっているのは、後に精神的にお世話になるからか? (私の脳内設定では、径子は戦後 檀家さんたちの強い希望で寺の跡取り息子と再婚することになっているのだが…)

私はたぶん、この回のことが話したくて当ブログを立ち上げたんだと思う。


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