So-net無料ブログ作成

「原爆死」から「ビンの中のお父さん」へ [八月が来るたびに]

 今年の夏は例年にも増して、戦争や原爆を扱った優れた番組が多く放送されていたような気がする。 インパール、満蒙開拓団、沈没軍艦もの、交渉もの。 戦後72年、いよいよ戦災を知る人たち=語り部たちの生の声を聴く最後のチャンスとばかりに製作者側が躍起になったのか? それとも、技術の進歩により、これまで気付けなかった事実に光が当たり始めたからなのか? いや、実はこういう番組は昔から多く製作されていたけれども、単に自分が気付かなかった(興味がなかった)だけで、これは、「この世界の片隅に」という作品に触れた自分自身の意識が変わったからなのか… 今年の夏以降に放送された番組で、特に強く印象に残った作品について触れてみたい。

 NHKスペシャル「原爆死~ヒロシマ 72年目の真実~(放送:2017年8月6日(日) 午後9時00分(50分)、NHK総合)は、広島市が戦後72年間にわたって記録している55万人に及ぶ被爆者たちの記録 「原爆被爆者動態調査」をビッグデータ解析し、原爆投下直後から原爆によって亡くなられたと考えられる人々が、どこでどのように発生しているかを(その亡くなる直前の行動までを踏まえ)、日ごと追って行ったものである。 単純に”原爆死”した人々を平均値だけで語らずに、原爆という未曽有の災厄にさらされた個人の死にざまに焦点を当てた演出が秀逸であった。 俳優の新井浩文さんの乾いた語り口も、受け入れがたい現実を私たちの心に刻みつけるのに効果的だった。 今回のデータ解析により、いわゆる”黒い雨”などに曝されたと考えられる犠牲者が、これまで考えられていた範囲の外側にもいることが浮き彫りになっていく。 

 家族や知り合いを探すため、あるいは救護活動に参加して被爆した”入市被爆者”の中には、今なお、被爆者健康手帳の交付が受けられない人が多くおられる。 それは、爆心地近くに入ったことを証明できなかったり(個人で捜索活動にあたった すみはこれに該当する恐れがある)、国が被爆被害を認めた地域外で活動していたためなのだが、今回の研究により少なくとも後者に該当する人々の救済につながる可能性が見えてきたのだ。 それにしても、今回の番組の元になった広島市の原爆被爆者動態調査には恐れ入る。 投下後72年を経ても、我々は原爆と戦い続けていたのか! そして、記録に留めていくという広島市の静かな戦いは今日も続いていくのだ。

 BS1スペシャル「戦後72年の郵便配達」放送:2017年8月6日(日) 午後10時00分(50分) 、NHK BS1)は、対照的に戦災遺物の一刻も早い組織的な収集と記録が必要であることを私たちに訴える。 戦中、内地から戦地へ、あるいは激戦地から内地へ送られた「軍事郵便」の中には、送り先に届けられずに米軍に押収されたものが多く存在する。 それら郵便物の多くは玉砕の地で押収されたものだ。 日本の軍事情報収集に乗り出していた米軍は、捕虜にならずに玉砕してしまう日本兵の代わりに、これらの郵便物から必要な情報を読み解こうとしていた。 時には戦死した兵士の荷物の中の郵便物まで持ち帰ったという。 

 そして日本語を習得させた優秀な学生を総動員して解析に当たらせたが、厳しい検閲を通過した郵便には、もはや有用な情報はほとんどなかったという。 これらの莫大な数の軍事郵便は、近年、保管期限を過ぎたものから順次民間に払い下げられ、オークションによりコレクター達の間で取引されている。 この「故郷に届けられなかった郵便」がネット上で売買されている事実を知ったNHKのスタッフは、日本のコレクターと接触し、激戦地ごとに仕分けられた彼のコレクションの中の郵便物のいくつかを、72年の時を経て”本来の届け先”に届けようと奮戦するのだ。 なお、この日本のコレクターの本職は とある寺の住職で、彼は供養のために収集しているということだった… 

 番組スタッフの届け先探しは困難を極めた。 既に宛先そのものが存在していないものもあったようだ。 だが、何とか幾通かの手紙を無事に送り先に届けることに成功する。(番組HPによると、番組内では紹介しきれないほどの大変多くの方の善意によって送り先にたどり着いたという) 検閲を乗り越えた手紙の文面は、一見淡々と綴られているよう思えるが、その行間にどれだけの思いが込められているのだろうか? それを思うと胸が締め付けられる思いがする。 手紙を受け取った長野県出身のある女性は、送り主である兄が出征前に親に強く勧めてくれたおかげで学校に通うことが出来たという。 夢の中でしか会えなかった兄の手紙に触れ、彼女はあらためて感謝の涙を流す。

 太平洋戦争激戦地での遺骨収集は今、国の事業として行われている。 この、世界に散らばった軍事郵便の帰還とデータベース化も、先の住職のような個人の力には限界がある(なによりも、このような遺物が埋もれてしまう危険性がある)。 ぜひとも公的な活動として始めることは出来ないものか? すずが鬼ぃちゃんに送った絵手紙が、コレクター間で高値で取引されているとしたら… それはとても気持ちのいい話ではない。

 ETV特集「描き続けた“くらし” 戦争中の庶民の記録」(放送:2017年8月19日(土) 午後11時00分(60分) 、NHK Eテレ)は、「戦争中の暮らしの記録」にカラーページで掲載された、東京都の勝矢さんが戦中の暮らしを克明に描いた絵日記をもとに、勝矢さんの一家が戦争をどう生き抜いたかを追っていく。 冒頭、「この世界の片隅に」劇場版と片渕監督のインタビューが紹介され、片渕監督が勝矢さんの絵日記を戦中の暮らしの描写の参考にされたという事を明かされている。

 勝矢さんは、まさに男版の”リアルすずさん”という方で、戦中の家族の日常をリアルに(しかもカラーで)描写されている。 「戦争中の暮らしの記録」に掲載されたイラストには家族の顔が描かれていないが、番組では家族全員のスナップ写真と勝矢さん自身の手による家族の精緻な肖像画が紹介され、視聴者はより親近感を持ってこの家族の戦中を見守ることになる。 番組の序盤、勝矢さん家族が戦争中なのにいきいきと生活される様が描かれる。 食料が困窮し始めても、配給の生ビール(5リットル!)を小学生の子供と一緒に飲んだり、貴重な牛肉は小出しにせずに一度にすき焼きにして楽しんだりと、まるで北條家のようなたくましい暮らしぶりが紹介される。 楠公飯を炊いた話もある。 

 だが、戦禍はこの家族にも徐々に忍び寄ってくる。 のちの”本番”の時には全く役に立たないと思い知らされる簡易壕での防空訓練。 学童疎開に出した長女が衰弱し、そのやせ細った愛娘を引き取りに行ったりと、やがてやってくる東京大空襲に、この家族はどうなってしまうのか? 視聴者は固唾をのんで画面を見守るほかない。 幸い、家族は無事に東京大空襲を生き延び、勝矢夫妻が天寿を全うしたと知って、視聴者はここで安堵するのだが… この家族の影で、記録を残す暇さえなく劫火に消えて行った幾十万の家族があったことに気付き、たまらない気持になる。

 「ビンの中のお父さん~被爆者調査の真の狙い~(放送:2017年9月24日(日) 午前2時00分(60分)、中京テレビ)は、ABCCの非人道的な活動に焦点を当て、そのABCCに父親の遺体を献体した女性が”父”と再会するまでを追った異色のドキュメンタリーだ。 ABCC(Atomic Bomb Casualty Commission)は、原爆傷害調査委員会と和訳されるアメリカの研究組織で、22年3月に結成された。 広島と長崎に研究機関を持ち、原爆症の本格的な研究に当たったが、その研究機関の名が好意的な文脈の中で語られることは少ない。 番組では、この機関設立の真の目的が被爆者救済ではなく、やがて来る第3次世界大戦=本格的な核戦争への備えであるという事を解き明かしていく。 そして、ABCCの悪名を決定づけた被爆者への非人道的な調査研究(それはまさに人体実験そのものであった)をつまびらかにしていく。

 彼らが主に狙ったのは被爆した子供たちだ。 徹底的な検査に加え、子供たちを大勢の研究者の前で全裸にして写真撮影を行った。 その”検査”は、彼ら・彼女らの成長に合わせ、毎年執拗に繰り返された。 このABCCの悪行の噂は年とともに一般の人にも広く知られるようになり、今回取材に応じられた ある女性は、屈辱的な検査に加え、学校から研究所に検査に行く際に、クラスの男子から『ストリップ! ストリップ!』と囃し立てられたことが、深い心の傷になったと涙ながらに語られていた。

 その悪名高きABCCだが、現在も名前を変えて存続している。 50年4月、日米共同の研究機関として「放射線影響研究所」(放影研)と名前を変えて再出発している。 現在の広島側の研究所は、ABCC時代と同じく、広島駅南東の比治山に その拠点がある。 ABCC時代の反省からか、放影研は開かれた組織としての活動に腐心しており、子供時代に比治山の研究所に招かれた広島市民も多いのではないだろうか。

 さて、番組のほうに話を戻すと... この夏、中京テレビの夕方のローカルニュース「キャッチ!」では、ABCCを何回か取り上げていた。 「なぜ、名古屋でABCC?」と疑問に思っていたのだが、実はこの番組取材の経過報告だったわけだ。 番組スタッフは、原爆症で亡くなった父の遺体をABCCに献体した女性が三重県に在住していることを何かで知り、この女性とコンタクトを取ったようだ。 自身も被爆者である女性は、「本当は嫌だったけど、”人のために役立つから”と何度も説得されて」 父の遺体をやむなくABCCに提供する。 しかし、後年、ABCCの悪い噂を耳にして、「父を献体したのは本当に正しかったのか?」と深く後悔するようになる。 そして、番組の取材に応じるうちに、放影研がABCC時代の遺体の調査結果を希望者に開示していることを知って情報開示請求する。 放影研から送られてきた膨大な資料は、専門知識のない女性にとっては全く意味不明だったのだが、この資料により父の遺体の一部がいまだ保存されていることを知るのだ。

 そして、女性は”父”との再会を果たすべく、故郷の長崎に向かう。 長崎大学医学部に保存されている無数の臓器標本の中で女性は”父”と再会し、語りかけるのだ。 「ビンの中の~」というタイトルには番組スタッフの心遣いが感じられる。 父親の臓器を納めてあるのは、瓶というよりも英語のbinのほうがふさわしい、”医療用バケツ”といったものだったからだ。 クライマックスで女性は研究者に問う、「お父さんの躰は本当に人の役に立ったのですか?」と。 番組では、海外を含めた複数の研究者の証言を紹介している。 「当時の貴重な組織標本があることで、必ず原爆症の治療に役立つことが出来ると信じている」 原爆との戦いは今もなお続いている。

 なお、この番組の取材がきっかけとなり、放影研の責任者である丹羽理事長が、H29年6月に行われた「ABCC-放影研設立70周年記念式典」に於いて、ABCC時代の非人道的な検査で精神的な苦痛を被ったすべての被験者に対して公の場で初めて謝罪したことを追記しておく。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:コミック

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。