So-net無料ブログ作成
検索選択

第41回 りんどうの秘密(20年10月) [下巻]

「第41回 りんどうの秘密(20年10月)」 掲載’08年(H20年)12月2日号 (発売日 同年 11月18日ころ)

右手がないことを思い知るすず

 1か月ぶりの掲載となる今回から最終回まで、サブタイトルが付くようになる。 

 右手を失った後も けなげに家事をこなし、わらじを編み、ハシゴにまで登っていたすず。 けして片手であることを言い訳にせず懸命に生きて来たのだが、この日はじめて片手であることの辛さを思い知る。 愛する夫の不安な手に自分の手を添えられないもどかしさ。 だからこそ、次のセリフにつながる。 

 ”右手・・・・ どこで何をしているんだろう”

漫画史に残るセリフ

 それは、本来は右手がない悔しさを、非常にすずさんらしい言い方で表したセリフであったはずだ。 だが、この物語において、このセリフはそれ以上の意味を持ち始める。 そう、画面の隅っこで何かをはじめようとする”みぎて”に読者が突っ込みを入れようとする矢先、このセリフが投げかけられることにより、読者は”ああ、右手は何か目的があってあれこれやっているんだな”と、なぜか納得してしまうのだ。 このセリフによって、正体不明のみぎては作中 何をやっても許される免罪符を得てしまうのだ。 

 こうの史代という作家は、各作品の中で幾度か、読者の心臓をえぐるような印象的なセリフを投げかけてくるが、このセリフは別格だ。 これは間違いなく、日本の漫画史上に刻まれ、末永く語られるべきセリフだ。 それが、”名”か”迷”かはわからないが。

リンの思い出

 そのみぎてがテルの紅(呉沖海空戦時に既にこの世のものではなくなっている)で描くのは、リンの歩んできた道。 ”半生”ではなく”人生”だ。 それは、すずが知る由もないリン自身の記憶。 その証拠に、すずが描けないあいすくりぃむを正しく描けている。

 親に売られ、奉公先を飛び出し、草津で情けを受け(このときすずと出会っていることが明示されている)、呉に流れ着き、遊郭の女衒にスカウトされる。 あいすをご馳走になっている時の着物は、すずが草津に置いていったものだ。 そし て遊郭で禿(かむろ)として働き、自身も水揚げされて、やがて周作と出会う。

周作と出会ったのは?

 遊郭で童貞を捨てるのは、この時代の男のたしなみとしては普通だったのだろう。 上官に連れられて行ったのか、はたまた、おとうさんに勧められて行ったのかもしれない。 さて、気になる周作とリンが初めて出会った時期だが、部屋にりんどうの花が飾ってある。 りんどうの開花時期は秋だ。 すると、18年の9月か10月? それで一目ぼれして、結婚すると言いだして、親戚一同に反対されて、それで12月にすずを探し出して縁談? ちょっとそれでは すずさんがかわいそうな気がするが、この一途さがいかにも周作らしいとは言える。 リンのほうの思いの募らせ方から見て、17年の秋に出合って1年間通い詰めて、そして18年の初秋に別れさせられたとしておいたほうが綺麗かな?

リンの喪失を受け入れているすず

 周作に促され向かった朝日町で見たものは、往時の面影さえない街の残骸。 このとき、すずがリンの生存を全く信じていないことに注目。 ”リンさんはどこかで生きているかも知れない”とは全く思っていないのだ。 ひょっとして画面には描かれていないが、喪失を確信させる何か… 遺骸がそこにはあるのか? 気になるのがこの回の最終ページ、最初のコマですずが握っているものだ。 これは何の残骸? ひょとして遺髪なのか??

あり得ない構図

 みぎてが描く(作者が本当に紅筆で描いた)紅のリンと、すずが寄り添う感動的なラストシーン。 しかし、これは普通の漫画では絶対にありえない構図だ。 正体不明のものによって描かれたものと本編の登場人物が寄り添うという漫画の常識を超えた演出。 しかし、この漫画が、この作者が、2年以上に渡ってコツコツと紡いできた物語の中においては、たとえ魔法のセリフなどなくとも、読者は何の抵抗もなく必然のものとして受け入れることが出来るのだ。

”悲しんでいる貴方を愛す”

 このりんどうの花言葉が、雑誌掲載時の欄外に編集部注として書かれていたという。 私は、リンの名は「街角花だより」の準主人公の りん(凜) から取られたものだと思っていた。 だが、実はこの花言葉から取られたものなのだろうか? リンという”悲しき”昭和の女性。 はたして、彼女には”居場所”はあったのだろうか? 世の漫画の中には、物語に起伏を与えるという目的だけに、あるいは主人公の心に影を刻むという目的のためだけに登場するキャラクターが凡百といるが、彼女は決してそのようなキャラクターではなかったと信じたい。 ただ、20年4月以降のリンの生きる目的が何だったのか? 本編ではまったく語られていない。 

 秘密を抱えて消えていくのも”ゼイタク”。 一方で、その消えていく人の記憶を受け継いでいくのも、また”ゼイタク”なものだという本作のメッセージ。 そして すずは、失われていく人の記憶を受け継いでいくということに、自らの生きる意味を見出していくことになる。

 リンという女性の物語、これで完結したかに見えたのだが…



10月24日、戦勝国を中心とした51か国により国際連合が発足する。 日本では”国際連合”と訳されているが、英語では”United Nations”となり、大戦中の”連合国 = United Nations”と全く同じなのである。 我々は国連というと、国際協調のための公平な機関と信じがちだが、常任理事国制や拒否権の存在など、今でも戦勝国連合の性格をそのまま受け継いでいるのである。 ”戦後”は まだ継続しているのだ。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:コミック

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0