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第39回 20年8月 [下巻]

「第39回 20年8月」 掲載’08年(H20年)10月7日号 (発売日 同年 9月16日ころ)

障子に映る思い出

 2ページ増で描かれる3回目の8月。 広島から飛んできた障子に映る思い出。 広島の思い出、おとうちゃん、おかあちゃん、すみ、おばあちゃん、鬼ぃちゃんの脳みそ、座敷童子さん、波のうさぎ、すずの描いた校舎、そしてB-29が撒いて行った伝単につながる。 なお、この障子が引っ掛かってるのはユーカリの木だが、ユーカリの花言葉には「追憶」「思い出」などがある。 また、ユーカリの木は自らが発生させる油成分により度々山火事を起こすことが知られているが、その種は炎の熱に耐えぬいて新たに芽吹くため、「再生」や「新生」といった花言葉もある。 まさか、ここまで計算して北條家にユーカリの木が植えられていたのだろうか?

不器用な夫婦

 呉に残ることになった すずに対する周作の振る舞いがぎこちなくて可笑しい。 いかにもこの時代の男らしい。 二人とも恋愛に不器用な似た者夫婦なんだ。 それにしても、すずの投げる球がちっとも当たらない周作。 どんだけ鈍いんだか... いや、待てよ…

実は魔球?

 利き腕ではない左手で投げているのに、(しかも軽い紙屑を)しっかり周作の懐に投げ込むすず。 もともとの運動神経の良さに加え、幼いころから海苔すきで鍛え上げた強力な手首のスナップが効いているのだろう。 実は、この手首の強力なスナップと適当な握りによって、すずの投げる球は天然のナックルになっているのではないか? 周作の手元で球筋が微妙に変化しているのだ! これでは、周作に打てるわけがない。 戦後の町内対抗野球大会に出たら、大活躍することだろう。 片腕で懸念されるフィールディングも、きっと、アボット・スイッチ(※)を自然にやっちゃうんじゃないかな?    

 ※ アボット・スイッチ; 隻腕の大リーガー ジム・アボット(平成元年~11年にかけて活躍)が行う守備動作。 グラブを不自由な方の腕に抱え、投球後に素早く利き腕にはめて補給後、再びグラブを持ち替えて送球する。 このようなハンディにもかかわらず、アボットの守備率は平均よりも良かったという。

玉音放送、並び順はこれでいいの?

 隣保班揃って玉音放送を聞く場面。 知多さんがいない… 回覧板にはサインがあるから自宅で聞いているのかな? ところで、すずが真ん中に座っているけど並び順はこれでいいの? 床の間のある方(上座)から、おかあさん、長女の径子、ヨメのすず、お客さんで年長の堂本さん、刈谷さん。 ああ、これで合ってるのか。 劇場版では、みんなが縁側に座り、玉音を発するラジオのある畳の間から一段下がって聞いている。 皇室に対する当時の庶民の姿勢を反映している。 

なぜ女の人が泣くのか?

 玉音放送終了後、怒り出す すず。 ”ここへまだ五人も居るのに!”、”まだ左手も両足も残っとるのに!!”  なにもすずは最後の最後まで戦い抜いて、戦争に勝とうとは思ってはいないだろう。 これまで耐え抜いてきた理不尽を何故こんな所でやめてしまうのか? それだけの覚悟だったのか? 劇場版の このシーン、のんの迫真の演技に頭をかち割られたような衝撃を受けました。 そして、戦争に関する私の長年の疑問を解消してくれました。

 私はこれまで終戦時の実際の記録映像や、ドラマ・映画などの終戦シーンを多く見てきましたが、何故 女の人が泣くのかが よく分かりませんでした。 男の人が泣くのは理解できるのです。 でもなぜ女の人が泣くのか? 戦争が終わったら、もう耐え忍ばなくてもいいじゃない、嬉しいでしょ? 出征していた家の人もじきに帰ってくるでしょ? 何も泣くことはないじゃない と。 終戦時に女の人が泣く理由には、せいぜい一つくらいしか心当たりがありませんでした。 そう、径子のケースくらいしか。

もの陰でむせび泣く径子

 放送終了後に憎まれ口をたたいていた径子が、もの陰で声を押し殺し一人で泣く印象的なシーン。 結果的にまるで無意味だった戦争に愛するものを奪われた虚しさ。 これはわかるのです。 しかし、当時の映像の女性たちが全てこの理由で泣いているとは思えませんでした。 

女の最前線

 そして、この作品に出合って ようやく分かったのです。 女の人も必死で戦っていたんだと。 しかし、それは日本軍を勝たすための戦いではなく、自分の愛する人を、愛する日々を取り戻すための戦いだったのだと。 だから、彼女たちは究極の理不尽に押しつぶされそうになっても、道端の草を食んででも、日々を生き延びようとしていたのだと。

 かまどの前は女たちの最前線だったのだと。 

 この戦争のもう一つの意味が分かった気がします。 こうの先生、のんさん、片渕さん、本当にありがとうございます。

唐突に現れる太極旗

 自分たちの信じて来たもの、信じ込まされてきたものが全て虚偽だと知ってしまった すずにさらに追い打ちをかける出来事が。 下の民家から太極旗が掲げられるのだ。 この旗は現在の韓国旗とは中央の巴の巻き方や四隅のマークの配置が異なっている。 朝鮮半島の独立運動に密かに用いられてきた旗なのだ。 日本の敗戦を知り、悲願の民族の解放と再独立を喜ぶ朝鮮の人々によって誇り高く掲げられたものだ。

 前回、米軍の暴力には屈しないと誓ったすず。 自分たちは崇高な理念のために戦っている、いわば正義の被害者だと思っていたのが、実は自らも暴力で他国を屈服させていた加害者だと知ってしまう。 まさに、心の中のよりどころが粉々に砕けてしまった虚無感、絶望感。 この作品の戦争パート 最大のクライマックスだ。 

 しかし、この太極旗の出現はいささか唐突すぎないか? というのも、この作品では、この回までに日本の植民地支配について全く触れられていないのだ。 第1回で すみが「満州に嫁(い)っての人」と言ってるくらいだが、厳密に言うと当時の満州は独立国で、ハワイやブラジルに入植するのと一応”同じ”ことになっている。 つまり、日本の植民地支配に関しては、まったく布石がないのだ。 「はだしのゲン」の中には、ゲンの同級生の朝鮮人少年が歴代の天皇の名前を言えずに同級生にバカにされ、先生には「早く立派な日本人になれ」と叱咤されるシーンや、ゲンの父に世話になっていた心優しい朝鮮人青年が戦後の闇市をお金の力でのし上がっていくエピソードが描かれている。 この作品でも、すずが闇市に行くシーンで”内地米”などの言葉で植民地支配を暗喩することはいくらでも出来たはずだ。 実際、劇場版ではこの演出をしている。 闇市で”内地米”、”台湾米”という言葉が飛び交い、日本の植民地支配を示唆しているのだ。

実は大量にいる朝鮮人労働者

 呉は軍港で機密保持のために朝鮮人を含む外国人は遠ざけられていたというのは間違いだ。 当時の呉には、実は朝鮮人が大勢住んでいたのだ。 おとうさんの勤めていた11航空廠の岩国分工場は、空襲から逃れるために地下トンネル内に生産設備を移す、”地下疎開”が行われていた。 広の工廠でも地下疎開の工事は始まっており、このトンネル掘りのために大量の朝鮮人労働者が動員されていたのだ。(かの国の人たちは、それを強制徴用だと言うだろう) 

 おとうさんが度々夜勤をしているのも、輪番でトンネル工事の監督にあたっていた可能性だってあるのだ。 だから、いくらボーっとしていて、街にあまり出ない すずにだって、市内にいる朝鮮人のことは伝わっているはずだ。 伝わっていないとおかしいのだ。

 そう、この作者にしては不自然なほど、作中には日本の植民地支配の情報が欠落しているのだ。 だからこそ、逆にこれが狙いだったんだと思えてしまう。 そう、すずさんたち ”一般の日本人にとって、(加害者としての)植民地支配の問題は全く見えていなかったか、見えていても見えていないことになっていた” ということを あえて強調しようとしたのだ!

 実は、これには思い当たる節がある。 呉の戦災HPの市民体験談の中に、市内の朝鮮人家族のことに言及している方がおられる。 初めに断わっておくが、私はこの方のことを非難するつもりは全くない。 この方は真剣に日本のことを案じられており、当時の日本人としては珍しいほどの大きな視野で世界情勢を語っておられる方だ。 この方は市内の医院で朝鮮人家族が露骨に差別されているのを見て憤慨され、「鮮人をあからさまに差別するのは日本人としてけしからん事だ」という旨のことを書いておられる。 この方は素晴らしい人で、植民地出身者への差別に怒っておられるのだが、”この方自身が既に差別していることに全く気付いておられない”のだ。 もし、植民地出身者も対等な日本人だと思っているのなら、「朝鮮出身の〇〇さんを差別するのはけしからん...」となるはずだ。 ”鮮人”とは、われわれ日本人のことを”JAP”と呼ぶのと同じ、蔑称である。 当時の日本人の中の、日本人は優れているので劣っているアジアの列国を救ってやらねばいけないという意識、まさに大東亜共栄圏の夢を信じ込んだ当時の日本人の意識が垣間見えるのである。(その意識は現在においても根強く残っている)

 劇場版を含め、この作品のことを批判する人は、「日本人の被害のみを強調して、日本の加害責任のことに触れていない」と言う。 しかし、よく読み込めば、加害責任にさえ気づいていなかった、われわれ日本人の原罪について鋭く描き切っていることに気付くのだ。

 このように、この回まで、このクライマックスのために徹底して植民地支配の情報を隠し続きてきた本作だが、よくよく読み返してみると、実は一カ所だけ、その痕跡がわかる場所があるのだ。 その回こそ…

ス スグレタ國柄世界ガ仰グ

 その回こそ、謎の第23回、愛國イロハカルタの回だ。 この回の最後に紹介された札は、オリジナルでは当時の大日本帝国の領土が赤く示してある。 本来なら日本列島のほかに、千島列島、南樺太、朝鮮半島、台湾、そして南洋の島々が赤く塗られているはずだ。 しかし、本作の札では朝鮮半島が塗られていないのだ! これは若い読者は気付かないかもしれない。 ”へ”の札もオリジナルは南洋の浅黒い肌の少年が描かれているが、本作では島々の絵に変えられており、巧妙に隠ぺいしてあることがわかる。 作者は実に入念に、この回のために準備を進めていたのだ。 

畑に落ちた焼夷弾

 すずが畑で泣き崩れるシーン。 このシーンでも作者の入念な舞台設定を垣間見ることが出来る。 畑に焼夷弾が刺さっているのだ。 劇場版では7月1日の空襲で畑に焼夷弾が落ちるシーンが描かれているが、本作中にはない。 しかし、作者の中では、各年各月日ごとの場面設定が詳細に作りこまれているのだ。  

貴方の頭(こうべ)を撫づる誰かのてのひら

 飛び去って行く正義、畳み掛けられる絶望に、あの時に”何も知らないまま死ねていたら”と打ちひしがれるすずの頭を優しく撫でる”みぎて”。 これは誰の右手なのか? 普通に考えればすずの失った右手なのだが、自分で自分の頭を撫でるだろうか? それはまるで母親が子供を優しく撫でるかのようだ。 このとき、(すずは知らないが)おかあちゃんは既に亡くなっている。 すずの右手に母の魂が宿ったものだろうか? ラストでアップにされる花がりんどうならばリンの魂が宿っているようにも思えたのだが… 

 この回のラストシーンで大写しにされるかぼちゃの花。 戦局がどう進もうが、人々の気持ちがどう変わって行こうが、自然は変わらずに緩やかに時を刻んでいく。 かぼちゃの花言葉には”包容”というものがある。



最後の空襲

 玉音放送で日本の”終戦”が表明された15日の前夜も空襲は実行された。 14日から15日にかけ、熊谷、伊勢崎、小田原、秋田・土崎が空襲された。 14日中にはポツダム宣言の受託をアメリカに伝えていたにもかかわらず空襲は実行された。 小田原に至っては、熊谷と伊勢崎の空襲で余った爆弾を処分するためだけに空襲されたのだ。

伊四〇〇

 8月15日、ゆめタウングループの創業者である山西義政氏を乗せた潜水空母 伊四〇〇も太平洋の海中で終戦の情報を入手する。 艦内では、ウルシー環礁への特攻作戦継続派と投降派との間で激しい議論が戦わされたが、最終的に投降することに決める。 機密保持のため、艦載機の「晴嵐」を海上投棄して帰投、8月29日に三陸沖で米駆逐艦「ブルー」に捕獲され、8月30日に横須賀港に帰港し終戦を迎えた。 伊四〇〇は その後米軍に接収され、技術調査の後、翌21年6月4日 ハワイ近海で撃沈処分された。 

抗戦ビラ

 昭和天皇の肉声による玉音放送によっても、戦争を終わらせることに納得しない勢力が軍部には少なからずいた。 8月16日には特攻用の零戦が、翌17日には夜間戦闘機”月光”が呉市上空で徹底抗戦を訴える宣伝ビラを撒いて行ったという。

8月15日は終戦か?

 日本ではこの8月15日が”終戦の日”とされているが、国際的には日本が降伏文書に調印した9月2日が終戦だという国が少なからずある。 ソ連がその代表例で、8月15日以降も進撃を続け、8月18日に千島列島に侵攻、9月2日に国後島占領、そして降伏文書調印後の9月3日に歯舞諸島を占領している。 これが、今日も解決しない北方領土問題の発端となっている。

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