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原爆ドームと原爆死没者慰霊碑 [八月が来るたびに]

広島バスセンターから徒歩3分。 

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自分は原爆ドームをまじかに見るのは初めてでした。

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すずと周作が出会った相生橋と原爆ドーム。 相生橋のT字の部分を渡ってドーム対岸の中州には平和記念公園が あります。

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原爆死没者慰霊碑から平和の灯越しにドームを眺む。 碑の中には碑文が。

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「過ちは繰返しませぬから」という この碑文には、特に右側の人から異論があるそうですが… 私はいい言葉だと思う。 平和も安全も自らの意志と行動によって得られるのだから。

記念公園から広島平和記念資料館と国立広島原爆死没者追悼平和祈念館を見学します。 個人的に被爆者への医療支援がどうだったかが気にかかって、いろいろ調べます。 なお、両館とも資料室があり、関連文書を読むことが出来ます。 こうのさんの著作や劇場版の絵コンテ集も置いてあります。 私が小学校の時に、”怖い”と評判だった「八月が来るたびに」という本を見つけたので見てみると、あまりにもポップな挿絵にビックリ。 そして、その挿絵画家が”ゲージツ家のクマさん”こと篠原勝之さんだったので二度ビックリです。

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記念公園を後にして南へ向かうと、東と西の平和大橋が。 この東側の「TSUKURU(昇る太陽)」は、「夕凪の街 桜の国」でもお馴染みですね。

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その平和大橋は、北側(ドーム側)に歩行者専用橋をかけて車道を広げる予定だそうです。 さて、広島を後にしていったん山口に帰省。 実は山口にも原爆死没者を慰霊する碑があります。

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山口護国神社の近くに人知れずたたずむ”原爆死没者の碑”、49年に建立されました。 当時、山口県は原爆死没者が全国で3番目に多いとされていました。(現在は被爆された方が都会に移られたこともあり、東京・大阪・福岡のほうが多いらしい) 

この碑が建立された頃は”戦後30年”と言われていましたが、当時 小学生だった私には遥か昔の話に思えました。 今、30年前というと... 鈴鹿のF1が初めて開催された年。 当時は無敵だったウイリアムズ・ホンダの凱旋レースで盛り上がる予定が、マンセルはFPでクラッシュ→欠場。 ピケはずっとセナに抑え込まれてエンジンブロー。 フェラーリのメカニックが大笑いしてたっけ。 !! まるで、昨日のことのように覚えている。 大人の人にとっては、まさにそれくらいの時代感だったんですね。

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