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コトリンゴさん 11月2日のSONGSに登場。 ひょっとして紅白当確? [番外]

 H29年11月2日(木)のNHK「SONGS 第440回 2017年話題の歌スペシャル」(総合:午後10時50分から11時15分)にコトリンゴさんが登場されます。 広島訪問にインタビュー、そして「悲しくてやりきれない」のスタジオ内大編成特別版を放送の模様。 「いのちのうた2017」同様に、「コトリンゴの映画音楽」からの素材流用があるのでしょうが、それでも別アレンジバージョンが聞けるのは楽しみ。 「いのちのうた2017」の時はオーケストラバージョンだったんだけど、ゆっくり目の指揮で大変歌いにくそうでしたが…

 それにしても、最近NHK出演が重なるコトリンゴさん。 今年はこれといった目玉がないと言われる紅白ですが、ひょっとして出場するのかしらん? とりあえず、私は12月2日の岐阜のコンサートの時に職場の忘年会が重ならないことを祈っています。

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「原爆死」から「ビンの中のお父さん」へ [八月が来るたびに]

 今年の夏は例年にも増して、戦争や原爆を扱った優れた番組が多く放送されていたような気がする。 インパール、満蒙開拓団、沈没軍艦もの、交渉もの。 戦後72年、いよいよ戦災を知る人たち=語り部たちの生の声を聴く最後のチャンスとばかりに製作者側が躍起になったのか? それとも、技術の進歩により、これまで気付けなかった事実に光が当たり始めたからなのか? いや、実はこういう番組は昔から多く製作されていたけれども、単に自分が気付かなかった(興味がなかった)だけで、これは、「この世界の片隅に」という作品に触れた自分自身の意識が変わったからなのか… 今年の夏以降に放送された番組で、特に強く印象に残った作品について触れてみたい。

 NHKスペシャル「原爆死~ヒロシマ 72年目の真実~(放送:2017年8月6日(日) 午後9時00分(50分)、NHK総合)は、広島市が戦後72年間にわたって記録している55万人に及ぶ被爆者たちの記録 「原爆被爆者動態調査」をビッグデータ解析し、原爆投下直後から原爆によって亡くなられたと考えられる人々が、どこでどのように発生しているかを(その亡くなる直前の行動までを踏まえ)、日ごと追って行ったものである。 単純に”原爆死”した人々を平均値だけで語らずに、原爆という未曽有の災厄にさらされた個人の死にざまに焦点を当てた演出が秀逸であった。 俳優の新井浩文さんの乾いた語り口も、受け入れがたい現実を私たちの心に刻みつけるのに効果的だった。 今回のデータ解析により、いわゆる”黒い雨”などに曝されたと考えられる犠牲者が、これまで考えられていた範囲の外側にもいることが浮き彫りになっていく。 

 家族や知り合いを探すため、あるいは救護活動に参加して被爆した”入市被爆者”の中には、今なお、被爆者健康手帳の交付が受けられない人が多くおられる。 それは、爆心地近くに入ったことを証明できなかったり(個人で捜索活動にあたった すみはこれに該当する恐れがある)、国が被爆被害を認めた地域外で活動していたためなのだが、今回の研究により少なくとも後者に該当する人々の救済につながる可能性が見えてきたのだ。 それにしても、今回の番組の元になった広島市の原爆被爆者動態調査には恐れ入る。 投下後72年を経ても、我々は原爆と戦い続けていたのか! そして、記録に留めていくという広島市の静かな戦いは今日も続いていくのだ。

 BS1スペシャル「戦後72年の郵便配達」放送:2017年8月6日(日) 午後10時00分(50分) 、NHK BS1)は、対照的に戦災遺物の一刻も早い組織的な収集と記録が必要であることを私たちに訴える。 戦中、内地から戦地へ、あるいは激戦地から内地へ送られた「軍事郵便」の中には、送り先に届けられずに米軍に押収されたものが多く存在する。 それら郵便物の多くは玉砕の地で押収されたものだ。 日本の軍事情報収集に乗り出していた米軍は、捕虜にならずに玉砕してしまう日本兵の代わりに、これらの郵便物から必要な情報を読み解こうとしていた。 時には戦死した兵士の荷物の中の郵便物まで持ち帰ったという。 

 そして日本語を習得させた優秀な学生を総動員して解析に当たらせたが、厳しい検閲を通過した郵便には、もはや有用な情報はほとんどなかったという。 これらの莫大な数の軍事郵便は、近年、保管期限を過ぎたものから順次民間に払い下げられ、オークションによりコレクター達の間で取引されている。 この「故郷に届けられなかった郵便」がネット上で売買されている事実を知ったNHKのスタッフは、日本のコレクターと接触し、激戦地ごとに仕分けられた彼のコレクションの中の郵便物のいくつかを、72年の時を経て”本来の届け先”に届けようと奮戦するのだ。 なお、この日本のコレクターの本職は とある寺の住職で、彼は供養のために収集しているということだった… 

 番組スタッフの届け先探しは困難を極めた。 既に宛先そのものが存在していないものもあったようだ。 だが、何とか幾通かの手紙を無事に送り先に届けることに成功する。(番組HPによると、番組内では紹介しきれないほどの大変多くの方の善意によって送り先にたどり着いたという) 検閲を乗り越えた手紙の文面は、一見淡々と綴られているよう思えるが、その行間にどれだけの思いが込められているのだろうか? それを思うと胸が締め付けられる思いがする。 手紙を受け取った長野県出身のある女性は、送り主である兄が出征前に親に強く勧めてくれたおかげで学校に通うことが出来たという。 夢の中でしか会えなかった兄の手紙に触れ、彼女はあらためて感謝の涙を流す。

 太平洋戦争激戦地での遺骨収集は今、国の事業として行われている。 この、世界に散らばった軍事郵便の帰還とデータベース化も、先の住職のような個人の力には限界がある(なによりも、このような遺物が埋もれてしまう危険性がある)。 ぜひとも公的な活動として始めることは出来ないものか? すずが鬼ぃちゃんに送った絵手紙が、コレクター間で高値で取引されているとしたら… それはとても気持ちのいい話ではない。

 ETV特集「描き続けた“くらし” 戦争中の庶民の記録」(放送:2017年8月19日(土) 午後11時00分(60分) 、NHK Eテレ)は、「戦争中の暮らしの記録」にカラーページで掲載された、東京都の勝矢さんが戦中の暮らしを克明に描いた絵日記をもとに、勝矢さんの一家が戦争をどう生き抜いたかを追っていく。 冒頭、「この世界の片隅に」劇場版と片渕監督のインタビューが紹介され、片渕監督が勝矢さんの絵日記を戦中の暮らしの描写の参考にされたという事を明かされている。

 勝矢さんは、まさに男版の”リアルすずさん”という方で、戦中の家族の日常をリアルに(しかもカラーで)描写されている。 「戦争中の暮らしの記録」に掲載されたイラストには家族の顔が描かれていないが、番組では家族全員のスナップ写真と勝矢さん自身の手による家族の精緻な肖像画が紹介され、視聴者はより親近感を持ってこの家族の戦中を見守ることになる。 番組の序盤、勝矢さん家族が戦争中なのにいきいきと生活される様が描かれる。 食料が困窮し始めても、配給の生ビール(5リットル!)を小学生の子供と一緒に飲んだり、貴重な牛肉は小出しにせずに一度にすき焼きにして楽しんだりと、まるで北條家のようなたくましい暮らしぶりが紹介される。 楠公飯を炊いた話もある。 

 だが、戦禍はこの家族にも徐々に忍び寄ってくる。 のちの”本番”の時には全く役に立たないと思い知らされる簡易壕での防空訓練。 学童疎開に出した長女が衰弱し、そのやせ細った愛娘を引き取りに行ったりと、やがてやってくる東京大空襲に、この家族はどうなってしまうのか? 視聴者は固唾をのんで画面を見守るほかない。 幸い、家族は無事に東京大空襲を生き延び、勝矢夫妻が天寿を全うしたと知って、視聴者はここで安堵するのだが… この家族の影で、記録を残す暇さえなく劫火に消えて行った幾十万の家族があったことに気付き、たまらない気持になる。

 「ビンの中のお父さん~被爆者調査の真の狙い~(放送:2017年9月24日(日) 午前2時00分(60分)、中京テレビ)は、ABCCの非人道的な活動に焦点を当て、そのABCCに父親の遺体を献体した女性が”父”と再会するまでを追った異色のドキュメンタリーだ。 ABCC(Atomic Bomb Casualty Commission)は、原爆傷害調査委員会と和訳されるアメリカの研究組織で、22年3月に結成された。 広島と長崎に研究機関を持ち、原爆症の本格的な研究に当たったが、その研究機関の名が好意的な文脈の中で語られることは少ない。 番組では、この機関設立の真の目的が被爆者救済ではなく、やがて来る第3次世界大戦=本格的な核戦争への備えであるという事を解き明かしていく。 そして、ABCCの悪名を決定づけた被爆者への非人道的な調査研究(それはまさに人体実験そのものであった)をつまびらかにしていく。

 彼らが主に狙ったのは被爆した子供たちだ。 徹底的な検査に加え、子供たちを大勢の研究者の前で全裸にして写真撮影を行った。 その”検査”は、彼ら・彼女らの成長に合わせ、毎年執拗に繰り返された。 このABCCの悪行の噂は年とともに一般の人にも広く知られるようになり、今回取材に応じられた ある女性は、屈辱的な検査に加え、学校から研究所に検査に行く際に、クラスの男子から『ストリップ! ストリップ!』と囃し立てられたことが、深い心の傷になったと涙ながらに語られていた。

 その悪名高きABCCだが、現在も名前を変えて存続している。 50年4月、日米共同の研究機関として「放射線影響研究所」(放影研)と名前を変えて再出発している。 現在の広島側の研究所は、ABCC時代と同じく、広島駅南東の比治山に その拠点がある。 ABCC時代の反省からか、放影研は開かれた組織としての活動に腐心しており、子供時代に比治山の研究所に招かれた広島市民も多いのではないだろうか。

 さて、番組のほうに話を戻すと... この夏、中京テレビの夕方のローカルニュース「キャッチ!」では、ABCCを何回か取り上げていた。 「なぜ、名古屋でABCC?」と疑問に思っていたのだが、実はこの番組取材の経過報告だったわけだ。 番組スタッフは、原爆症で亡くなった父の遺体をABCCに献体した女性が三重県に在住していることを何かで知り、この女性とコンタクトを取ったようだ。 自身も被爆者である女性は、「本当は嫌だったけど、”人のために役立つから”と何度も説得されて」 父の遺体をやむなくABCCに提供する。 しかし、後年、ABCCの悪い噂を耳にして、「父を献体したのは本当に正しかったのか?」と深く後悔するようになる。 そして、番組の取材に応じるうちに、放影研がABCC時代の遺体の調査結果を希望者に開示していることを知って情報開示請求する。 放影研から送られてきた膨大な資料は、専門知識のない女性にとっては全く意味不明だったのだが、この資料により父の遺体の一部がいまだ保存されていることを知るのだ。

 そして、女性は”父”との再会を果たすべく、故郷の長崎に向かう。 長崎大学医学部に保存されている無数の臓器標本の中で女性は”父”と再会し、語りかけるのだ。 「ビンの中の~」というタイトルには番組スタッフの心遣いが感じられる。 父親の臓器を納めてあるのは、瓶というよりも英語のbinのほうがふさわしい、”医療用バケツ”といったものだったからだ。 クライマックスで女性は研究者に問う、「お父さんの躰は本当に人の役に立ったのですか?」と。 番組では、海外を含めた複数の研究者の証言を紹介している。 「当時の貴重な組織標本があることで、必ず原爆症の治療に役立つことが出来ると信じている」 原爆との戦いは今もなお続いている。

 なお、この番組の取材がきっかけとなり、放影研の責任者である丹羽理事長が、H29年6月に行われた「ABCC-放影研設立70周年記念式典」に於いて、ABCC時代の非人道的な検査で精神的な苦痛を被ったすべての被験者に対して公の場で初めて謝罪したことを追記しておく。

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こうの史代 『この世界の片隅に』 原画展@名古屋松坂屋 [番外]

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 松坂屋名古屋店で始まった、原画展に行ってきました。 松坂屋名古屋店南館 8階のマツザカヤホールで、1週間のみの開催です。 松坂屋さん、たけしの展覧会やらなんやらで忙しいから、会場はかなり小さめです。 てっきり、名古屋開催の時は高浜の瓦美術館でやるだろうと思ってたんですが… 今日は平日のためか、じっくりと食い入る様に見学できましたが、週末3連休はかなり混むんじゃないかな? もっと、ゆったりとした展示だったらよかったのに。

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 入り口横の巨大タペストリー。 福岡会場に来場された、こうの先生の直筆サインがあります。 メジロ! ここまでは撮影可。 会場内は、ちょっと狭いのですが、展示内容は素晴らしい! 下書きの青鉛筆や、切り貼りした部分、ホワイトの修正跡がよく分かります。 効果線や遠近法のための補助線の中には、どの部分のために引いたのか判らない線もありました。(自分で漫画描いてる人はわかるんだろうな。) 見開きページは、まず一枚絵で描いてから切り離していたりとか、あ、この場面は何度も描き直されてるんだとか、大変興味深いです。

 羽ペンは鷺ではなくてハトの羽根だったりとか、小春橋の上の周作のセリフが何度も何度も書き直されてたりとか、あの感動シーンのあのキャラクターの表情がホワイトで修正されていたりとか、本当に楽しい、ためになる! そして、今回、私が一番見たかった、第33回の5ページ目もありました。

 今回、こうのさんは一コマ一コマ枠線を描いていることがわかりました。 つまり、すずをなじる径子のコマが隣のコマと繋げられているのは、作者が意志を持って繋げている(特に1・2コマ目)ということがわかりました。 この作品で最もつらいシーンなのに、こうのさんの優しさを垣間見ることが出来ました。 ああ、来てよかった… 会社休んでまで…

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 来場者プレゼントの すずさんのポストカード(東京会場のと同じもの)。 この すずさん、ちょっとふっくらしてると思いません? 戦後、栄養状態が良くなってきていると信じましょう。

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 呉市美術館まで行って探した図録集もゲット。 薄っ! そして、こうのファンが名古屋に来たなら、ぜひとも買っておきたい お土産がもう一つ。

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 青柳総本家さんの”カエルまんじゅう”。 こうのさんが、メディア芸術祭の授賞式に出席されて夜遅く帰宅した時に、寝ないで待っていてくれた 旦那さんと仲良く召し上がられたとのことです。(「平凡倶楽部」参照) 青柳総本家さんは、松坂屋本館のB1Fに出店されています。 青柳さんは、並びで出店されている”大須ういろう”と並ぶ、”名古屋ういろう”の名店ですが、”カエルまんじゅう”は名古屋でも知る人ぞ知る(つまり、そんなに有名じゃない)銘菓? これを名古屋土産に選んだ こうのさんの旦那さんは、ホンマもんの豪傑なんじゃねぇ。

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「ぼおるぺん古事記」から「平凡倶楽部」へ [番外]

300柱すべて描き下ろし!

 「この世界の片隅に」全話読み解きを一通り終え、次に手にしたのは「ぼおるぺん古事記」((一)H24年5月27日発売、(二)H24年9月27日発売、(三)H25年2月26日発売)だった。 

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 古事記に触れるのは高校の時以来だ。 あのときは、やたら”ほと”にものが刺さる物語だなぁくらいにしか思わなかったが… 「ぼおるぺん古事記」は、古事記のコミカライズではあるが、セリフは(作者注はあるものの)ほぼ原文の読み下し文そのままである。 それでも、こうのさんによって愛らしく漫画化された神々の絵のおかげか、サクサクとストーリーが入ってくる。

 読む前は、八百万(やおよろず)の神様たちのいく柱かは、こうの漫画の既存のキャラクターが客演している(たとえばアメノウズメはリンとか)と思っていたのだが、なんと300柱にも及ぶ神々はすべて描き下ろしだ。 馴染みのあるキャラクターは鳥たちくらいで、系譜上に語呂合わせで出てくるような神様でさえ、たぶんこういう御姿なんだろうなと納得してしまう造形になっている。 そしておそれ入るのは、親子関係にある神様たちが、ちゃんとそういう顔になっているところだ。

 前述のように、全セリフが(口語訳ではない)原文のままなのに、その原文のリズム感さえ楽しく読めてしまう作品となっている。 また、古事記の漫画化作品があまたある中で、本作は”もっとも恐ろしいイザナミを描いた作品”として、世の男性陣に記憶される事だろう。

こうのさんの苦悩

 第三巻(海の巻)巻末には、付録として本作のスピンオフとも言える作品が3作収録されている。 その中の「彼を追いかけて」は、本作連載開始前に行われた出雲取材の様子をまとめたエッセイで、「文芸春秋H23年7月号(同年6月10日発売)」に「古事記を追いかけて」と題されて掲載されたものの再録である。 注目すべきは、その中で こうのさんが「最後の漫画連載を終えて、もう二年経つ。 長く描けなかった。」と告白されている点だ。 もちろん”最後の漫画連載”とは、「この世界の片隅に」のことである。 

 それはそうだろうと、素直に思う。 あんな壮大な物語を、極めて厳密なスケジュールに基づいて連載しなければならなかったのだから。 昭和18年暮れから21年初頭まで続く物語を、平成18年暮れから21年初頭まで、ほぼリアルタイムで連載するという魂をすり減らすような仕事を、日本でただ一人成し遂げたんだもの。 「この世界・・」のあとがきで、「正直、描き終えられるとは思いませんでした」と書かれていたのもうなづける。 完全燃焼したんですよね?

 では、この空白の2年間に、こうのさんはどのような充電生活を送られていたのだろうか? どのようにもがいておられたんだろうかと気になり、この充電期間に刊行された「平凡倶楽部」を手に取ってみることにした。

Web”エッセイ”と「わしズム」

 ”充電期間”といっても、別に こうのさんは2年間ぷらぷらしていたわけではない。 Web平凡の「平凡倶楽部」、Nextcomic ファーストの「月刊こうの史代」という2つの連載を持っていたし、Be Loveには読み切り作品を掲載されている。 また、福音館の「こどものとも」の絵本書評に挿絵を提供し続けている。 単行本の「平凡倶楽部」(H22年11月30日初版発売)はWeb平凡に連載されていた同名のWebエッセイ(?)に、「わしズム」に掲載された約5.5本の掌編漫画を同時収録したものだ。 「雑誌のような本が作りたい」と言われるとおりに、大変バラエティに富む内容になっている。

 正直、充電期間の実験的作品と高をくくって読み始めたのだが、「この世界の片隅に」下巻以上の衝撃を受けた。 家族のこと、夫婦のこと、仕事のこと、そして、はからずも故郷の歴史と向き合わざるを得なくなった こうのさんの宿命が赤裸々に描きこまれていた。 以前、こうのさんが劇場版主題歌の「みぎてのうた」を聞いて、『これは自分の歌だと思った』と書いておられたのを見たが、その時は正直ピンとこなかった。 だが、この「平凡倶楽部」を読むと、その言葉の意味が良く理解できる。

反戦平和漫画家による先制攻撃

 「わしズム」は、「ゴーマニズム宣言」などで論壇ブームに火をつけた小林よしのりが ”真の保守論客”を育むために立ち上げた雑誌で、各号ごとに設定されたテーマに沿って幅広い書き手(小林の仇敵さえも)が登場している。 当時の小林の人気は凄まじかったようで、うちの近所の公民館の図書館にさえ全巻が所蔵されている。 おかげで、こうのさんがどういう経緯でこの雑誌に寄稿されたかを確かめることが出来た。

 こうのさんが初めて登場されるのは、第19号「戦争論以降」だ。 この号は、小林の名を上げた「新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論」(第一巻 H10年7月10日発行、第二巻 H13年10月1日発行、第三巻 H15年7月25日発行)以降に日本の論壇がどう変わって行ったかを検証する内容であり、「わしズム」の創刊目的が果たされたかをも検証する、同誌のターニングポイント的な位置づけの回である。 この回の冒頭で小林は、「この回の巻頭作品として、どうしても こうのさんの漫画が欲しい」として、「小林は右翼と思われているかも知れないが(中略)、どんな内容でもいい、反戦平和でもいい」と、三顧の礼を持って執筆を懇願したという事実を明かし、また、送られてきた絵コンテを見て、「自分の想像をはるかに超えた内容だった。」と絶賛している。

 本来、作品内容や作家性を無視したレッテル貼りは、こうのさんの本意ではないはずだが(もちろん小林は、純粋に こうのさんの作家性を見込んで執筆依頼をしているが..)、このデビュー戦で こうのさんは敢えて ”反戦平和作家”を演じ切っている。 小林は、作家の主張をどストレートに漫画に反映するという手法を編み出した天才であるが、こうのさんも漫画の中に自らのメッセージを深く織り込み、読者自身に深く考えさせるという、自身のスタイルを貫いている。 だが、その内容は非常に強烈だった。 「わしズム」の読者は、この「古い女」という作品に幾重にも仕掛けられた強烈なメッセージにいきなり圧倒される。 この作品は全編にわたって、”広告チラシの裏”に描かれている(演出がされている)のだ。 お前たちに原稿用紙を使うのはもったいない!とでも言わんばかりの、反戦平和作家による強烈な先制攻撃に読者は圧倒される。 本編の内容も、空虚な議論に酔いしれる男どもに対する強烈な皮肉に満ちている。

 「わしズム」には、作品の後に筆者紹介のページがあるが、ご丁寧に、そのページさえもチラシの裏が使われている。 そして、そのページに掲載されている こうのさんの写真は、「他にもっといい写真があったでしょ!!」と、突っ込まずにはいられないほどの しかめっ面である。 過激な内容の作品を掲載はしているのだけども、その内実は、少しの隙をも見せてはいけないとビクビクしていたのだろうか?

Win-Win-Win?

 しかし、この次の第20号に掲載された読者の反応を見ると、意外なことに(本当に意外!)、読者の反応はたいへん好意的で、そして何よりも、イデオロギー論争抜きに純粋に漫画として楽しんでいた様子が伺えるのだ。 このデビュー作は編集(小林)・作者・読者それぞれにとって、ともに実り深いものであったようで、この後、「わしズム」が廃刊になるまで、こうのさんは4回にわたって執筆されている。

 「この世界の片隅に」は、連載中に数回休載がある。 それは単行本の準備や、作中の時間経過の調整のためだと思っていた。 しかし、この休載のタイミングと「わしズム」の原稿執筆タイミングがピタリと重なっていることにも気付くのだ。

作者の作品に関する年表(「わしズム」バージョン)

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※クリックすると大きくなります

 そして、後の4回分の筆者紹介のページのこうのさんは、こころなしか少し微笑んでおられるように見える。

「夕凪の街」との共通点

 「わしズム」という、非常に特殊な雑誌にもかかわらず、こうのさんは各号の特集テーマをベースに非常に自由な発想で(もちろん政治・イデオロギー抜きに)作品を描かれている。 第22号「『結婚』は必要か!」に掲載された「私の青空」では結婚を”窓”に例え、同じ号に同時掲載された「私の白日」(これは漫画といってよいのか、エッセイといっていいのか非常に悩ましい作品だが)では、自身の生い立ちや夫婦の馴れ初めといった非常にプライベートなことを”白日”の下にさらされている。 本当に、「こんなプライベートなことを『わしズム』なんかで言っちゃっていいの?」と、読んでいるこちらが気を使ってしまうのだが、この作品のおかげで、これまで作者の類い稀な想像力の産物だと思っていた各作品の登場人物たちが、こうのさんの実体験を反映した作者の分身であり、例えばリンの「居場所はそうそう無うならん」というセリフでさえもが、こうのさん自身の言葉なのだということに気付けるのだ。

 第23号の「へ海らか山」は戦争をテーマにしているが、それは この号のテーマが「『物語』としての戦争」だからであり、第28号「日本国民としてのアイヌ」ではアイヌの伝承をもとに、すべてのモノに神が宿るさまを写実的な表現で表している。 このモノに宿る神々の表現は、後の「ぼおるぺん古事記」の八百万の神々にも通ずるものがある。

 「わしズム」最終号となった第29号に掲載された「なぞなぞさん」は、これまで作者自身が遭遇した、”あらかじめ決めておいた自分のストーリーに沿って作家の言葉を勝手に切り取って貼り合わせていく”マスコミへの批判となっており、この号のテーマである「売国政治家ランキング」からはかけ離れているように思える。 だが、この号の冒頭で小林は「わしズム」を廃刊にするに至った理由と、その原因となった”圧力に屈するマスコミ”を痛烈に批判しており、実は こうのさんこそが、この号に臨んだ小林の心情に最も近い作品を掲載していることになるのだ。 

 そして、問題(となりそうな)作品を雑誌の最終号のドタバタに紛れて掲載するというやり方は、奇しくも、「夕凪の街」が辿った経緯と酷似しているのも興味深い。

「平凡」という名の挑戦

 一方の「平凡倶楽部」は、宙出版の「月刊こうの史代」(なぜか「古事記」が連載されているそうな)と同時期に開始された、こうのさん初のWeb連載(デジカメも持ってない人がWeb連載というのもすごい話ではあるが…)である。 一応、エッセイと自称している通り、こうのさんが その時々に感じたこと、興味をもたれたことが、実に様々な表現手段で描き著わされている。 「この世界の片隅に」執筆に至った動機を説明された「戦争を描くという事」(リンの生い立ちの矛盾に対するヒントらしきものが…)、この連載の名物企画となった”定点観測”シリーズ、こうのさんの意外な主婦力の高さを証明してしまった「実録! あいつのゆくえ」、悪名高き東京都の青少年健全育成条例を知るために単身 東京都庁に乗り込んだ「東京の漫画事情」(こうのさんのエロまんがが拝める!)、日本郵便への挑戦としか考えられない「密かな休日」、そして読者との距離が近いWebコミックの利点を活かした「今日の運勢」などなど、読者に退屈する暇を与えない。 

 このように、執筆の時期も動機も極端に異なる2作を一つの本にまとめたのが、単行本の「平凡倶楽部」なのだが、驚くことに、最初からそう計算して執筆されていたかのように、一つの本になった時の違和感がないのだ。 そして、”時計の針を戻したいのか?”と問う「へ海らか山」、”あなたたちの考える理想の日本とはこういうことですか?”と描いて見せた「古い女」、さらには、自分の信じる道こそ正義だと信じるマスコミを揶揄した「なぞなぞさん」と一連の「わしズム」作品が続いた後に、「平凡倶楽部」の定点観測シリーズの集大成ともいえる「8月の8日間(と80年)」で この単行本は結ばれる。

自分の宿命と向き合った女

 「8月の8日間」は、H22年8月2日から10日まで、広島平和記念公園を1日数回、定点観測したものだ。 8月9日の様子も伝えているのは流石だ。 あれ、9日間??? もとい! これは、「夕凪の街」と出会ってしまったがために、故郷の歴史と向き合わざるを得なくなった女性の記録でもある。 自分は”お涙頂戴作家”でも”反戦作家”でもないと言いながらも、けっして故郷から逃げなかった こうのさん。 家族とのふれあいを大切にするように、この作品がきっかけで出会った人たちとの絆をも深めていった様子が垣間見える。


 一見、特殊な雑誌に見える「わしズム」だが、その編集方針はとてつもなく開放的で、ガチガチのネット右翼が多いと思われていたその読者もまた、実は純粋に漫画を愛する人たちだった。 「平凡倶楽部」のWeb雑誌という特性、原稿Upから読者の反応が返ってくるまでの短さは、作者の創作意欲をフルに活性化させたはずだ。

 あとがきに、「愉快だったなぁ・・・ 本当に愉快だったなあ」「再び楽しい平和な漫画を描く勇気を、わたしは確かに受け取ることが出来ました。」とあるように、こうのさんは再び連載漫画を描く決意をされるのだ。


 「この世界の片隅に」に描かれたことを深く理解するためには、「長い道」と併せて、この「平凡倶楽部」もぜひ読んでおくべき作品だと思う。(幸い、この2作はまだ比較的簡単に新品を入手できる)

そして再び「ぼおるぺん古事記」に

 「平凡倶楽部」を読むと、「ぼおるぺん古事記」に感じていた、ある思いが一層鮮烈になってくる。

 「古事記」は極論すると、偽歴史書である。 反乱を起こした側が勝利するという、”世界的にも珍しい(by 釈迦林素子 全長:184m)”政変である「壬申の乱」によって政権を掌握した大海人皇子=天武天皇が、長引いた政変と朝鮮進出の失敗(白村江の戦い)によって凋落した朝廷の権威を再び取り戻すため、そして自らの皇位継承の正当性を示すために、日本各地に伝わる神話を(なぞなぞさんみたいに)都合よく繋ぎ合わせたものである。 だから、天子降臨でなく天孫降臨になっているのだ。 また、その天孫である、ホノニニギノミコトを迎えた国つ神の猿田彦は、その大役を終えた後にアメノウズメの監視のもと故郷に帰され、あっけなくヒラブ貝に挟まれて水死してしまう。 これは、もともと伊勢の土着の太陽神だった猿田彦が、アマテラスとキャラもろ被りのために早々に退場させられたと考えられている。 

 このように、朝廷に都合の良いように編纂された物語のはずなのに、こうのさんは原作に忠実に漫画化しながらも、これを大いなる家族の物語として、そして夫婦の物語として再構築していることに気付く。 ”原作に忠実”といったが、実は「ぼおるぺん古事記」には、オリジナルと大きく異なるところが一カ所ある。 先の猿田彦がヒラブ貝に海に引きずり込まれた後、なんと無事に生還しているのだ。 そして、猿田彦とアメノウズメが心通わせる様が、非常に古典的なタッチで描かれる(キックオフ!!!)。

 この改変はナゼされたのか? それは、「この世界の片隅に」完結後の充電期間に家族との時間、そして夫婦の時間を大切にされた こうのさんにとって、この夫婦神(民間伝承では、仲睦まじく暮らしたと伝えられている)の仲を引き裂くことは、とても耐え忍びないことだったのかもしれないな。

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すずさんが来た! [番外]

 うちとこにも すずさんがやって来んさった。

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 右はアマゾン限定の特典。 はたして、アマゾンで良かったのかどうか? たぶん、勿体なくて両方とも1ヶ月くらい飾ってると思う。 私の住んでいる東海地区では、この後、10月4日から10日まで松坂屋名古屋店で、こうのさんの原画展。(双葉社のHPでは南館8階のマツザカヤ・ホールで開催らしいが、まだ松坂屋側のHPには記載なし。) 12月2日には岐阜市文化センターで劇場版の上映とコトリンゴさんのライブがあります。 まだまだ盛り上がれます。


(H29年9月20日追記)

 アマゾン限定版、たった14分の特典ディスクで実質3000円の価格差はどうよ?という意見がネット上に見られましたが、正直、それ以上の価値があると思いました。 片渕監督のアドバイスで、“演技をした能年玲奈”が”すずさん本人”に変わって行く様は、誇張抜きで鳥肌が立ちました。 くだらぬしがらみに縛られ、この子の才能を使わない日本の芸能界、馬鹿じゃね? と、心の底から思う。

 そして、アフレコ光景の最後に収録されていたのが、のんの進言によってセリフが原作通りに戻された 20年5月の夜のシーンでした。(第31回の項参照) この特典ディスクを作られた方は、この作品の主役がのんであったことの意味を本当に分かってて作っているんだんぁと感心しました。

 


 さて、すずさんは来てくれたけど、キミちゃんと”ぴっぴらさん”は なかなかうちに来てくれません。

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 こうのさん初の単行本化作品である、「ぴっぴら帳」。 ワイド版も文庫版も、なかなか2巻目が手に入りません。 本来ならばワイド版か文庫版、どちらか1セットだけでいいんですが、なかなか2巻目が手に入らないので、収録話数が多い文庫版も買ってしまいました。(ワイド版1巻は”その29”まで、文庫版は”その44”まで収録) 早く続きが読みたかったのです。 いや、ひょっとして、こうの作品で一番好きかも。 (無人島にこうの作品どれか1作持って行っていいと言われたら、迷わずコレ持って行くな!) 

 こうのさんの初単行本作品のためか、この作品は(ワイド版)単行本の1巻目と2巻目の装丁や収録話数が大きく違います。 また、ご覧のとおり、ワイド版と文庫版の外観も大きく違っています。 そして、1巻目から”あとがき”があります。(一方、初出一覧はありません。) 2巻目が出るかどうかわからなかったのかな?(それは実は、有名作家以外の大部分の漫画家にとって、けっして珍しいことではない) ちなみに、完結編が発売されるのは、「夕凪の街」の発表後です。 

 ぴっぴらさんとキミちゃんを中心に、”かけがいのない宝物のような毎日”が綴られる本作はまた、こうのさんの作品に共通している、出身も性別も生い立ちも違う、そして種別さえ異なる者たちが、やがて大きな家族になっていく物語です。  

 もし、こうのさんが「夕凪の街」という作品に出会わなければ、彼女はずっと4コマ誌にこういう物語を描いていたのでしょうか? そしたら、私はこうのさんの多くの漫画に出会うことはなかったでしょうね。

 はやく、キミちゃんの続きの話しが読みたいです。 「長い道」や「こっこさん」は今年に入って増刷されたようで、書店で新品を見かけます。 双葉社さん、「ぴっぴら帳」も増刷してください!!


(H29年11月17日追記)

 と、思っとったら、11月8日に「ぴっぴら帳」新装版 前・後編が発売されとる! 文庫版のデザインで大判化されているようですね。 私はアクションをeBookで見てるので(108円で買えるが半月遅れ)、今まで気が付かなかった。 e-honの新刊情報にも載ってなかったし。 どうしよう、完結編のいい出物が見つかるまで待つか、新装版を買うか… 双葉社さん、ありがたいんだけど、こういうのは もっと早く言って。 それから、次は「街角花だより」な!!


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コトリンゴ LIVE@ぎふアジア映画祭 [番外]

コトリンゴさんのライブのチケットを買いに、朝一番で岐阜市に出かけました。

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「第39回 ぎふアジア映画祭」の最終日(H29年12月2日)に、「この世界の片隅に」劇場版が上映されるのに連動したライブで、映画祭のチケットを持っている人のみライブのチケットを購入できます。

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地元の人が より多く楽しめるように たいへんよく考えられており、8月24日から岐阜市文化センター(翌25日からは岐阜市民会館も販売開始)の窓口でのみ販売されます。 映画祭のチケットの人数分購入可です。 一般のプレイガイドの販売は11月以降からとなる予定です。

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販売3日目となる今日の朝一番のチケットの販売状況は上の図のとおり(私のうろ覚えですが)。 岐阜市民、スゴイな! 真ん中の島が前から順番に隙間なく購入されている!! イオンシネマの座席指定状況でも見たことの無い特異なパターン!! これが岐阜の県民性??? 実質2日で、会場のだいたい1/4が埋まっているようです。 11月の一般販売まで残っているかな? なにせ、映画とライブコンサートが1300円で楽しめるんですもの、超お得。 自治体がバックにつくといいな!(私の場合は交通費が3000円以上かかっていますが、それでも破格!)

12月2日は劇場版を見てからライブか、それともライブを見てから劇場版か? 10月14日の「ラサへの歩き方」も見てみたいな。 あ、WECがある...

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「夕凪の街 桜の国」放送 15日ファミ劇で [八月が来るたびに]

 今年も”終戦の日”に向けて、いろいろな番組や特集が放送されています。 こうのさんの「夕凪の街 桜の国」の劇場版が8月15日の12:10から”ファミリー劇場”で放送されます。 「はだしのゲン」のアニメ版とドラマ「東京大空襲」に挟まれての放送となります。

 コトリンゴさんの「”この世界の片隅に” コトリンゴの映画音楽 -完全版-」が15日深夜の25:00(16日午前1:00)からNHK総合で、そのコトリンゴさんも出演する「いのちのうた2017」が17日深夜の24:10(18日午前0:10)より同じく総合で放送されます。 

 そして事前の予測通り、「この世界の片隅に」の再上映も多くの劇場で始まっていますが、各地の自治体などが主催する単発の上映会も多数(8月4日付けの朝日新聞の記事によれば年末までに340会場以上)開催されています。

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 上記は愛知県豊田市の上映会のパンフレット。 私は、この上映会のことを朝日新聞の記事で知りましたが、朝日新聞は今夏、この作品に絡めた終戦特集記事を多く作成しています。 まあ、朝日新聞はエンドクレジットにも入っているし… 朝日新聞は、最終的に、こうの先生に従軍慰安婦の話しを描いて欲しいんだろうな... 今のところ、こうの先生は朝日と絶妙の距離感を持って仕事をされているとは思うんだけど。

 「この世界の片隅に」という作品自体(原作も劇場版も)も、絶妙なバランス感覚で作られています。 どんな立場・思想の人に対しても、そして(海外展開を見越して)どこの国の人に対しても、抵抗なく入って行けるような作りになっています。(なにせ、作中の人物は誰も”戦争反対!”なんて言ってないし) あくまでも、読んだ(視た)人自身で考えてもらおうというように。 これは、「夕凪の街 桜の国」が世に出た後に、作品自体やこうのさんという作家自身が、マスコミや論客を名乗る人たちによる都合の良い解釈に翻弄された苦い経験から来ているものなんでしょうね。 (「なぞなぞさん(”平凡倶楽部”収録)」参照)

 ”先の大戦”は、けっして、暴走した軍部や無能な政治家によって引き起こされたものではないと私は思います。 当時の日本人を戦争に導いたのは、自らの主張こそが正義だと振りかざしていた人々です。 彼らの恐ろしいところは、自らの立ち位置を示すことなく、自分たちの信じる”正義”こそが世界の普遍的な原理であると国民を先導することです。 彼らの本性は、この時代になっても、多少 右が左になっても全く変わってないと思います。 本当に、おかしいなと思ったら、自分で調べて自分の頭で考えないと。

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200万人ありがとうハガキが届きました [番外]

お客さま200万人ありがとうのハガキが届きました。(全員プレゼントのほうね)

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この絵柄かぁ! 素直にうれしい。 これ、すずさんのワンピースは右手の不自由な すずさん用に、ポケット左側についてるんだよね。 少女(ヨーコ)、結構気が利く子だね。

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終了しましたよ… 「この世界の片隅に」劇場版 Yahoo! プレミアムで(無料)オンライン特別試写会開催中! [番外]

 Yahoo!のプレミアム会員限定で、劇場版のオンライン特別試写会を8月いっぱい開催中です。 プロモーションでも、ダイジェスト版でもない、劇場版本編そのものが期間中 無料で見られます。 私はプレミアム会員だったらしく、エントリー登録しただけでパソコンでもスマホ(i-phone)でも見られました。 (スマホはYahoo!とGYAO!のアプリを入れる必要があります。) テレビはSONYのブラビアかAmazonのFire TVだけしか見られないそうです。

 ブルーレイ・DVD発売前に無料視聴ってのはスゴイな。 劇場版の公式HPにも情報出ていないみたいだし、これはバンダイさん? それともYahoo!の企画? まあ、ブルーレイが届く前にもう一度おさらいしておこう…ということで。 8月になって、予想通り再上映や単発の上映会も増えてきましたね。 もう一回、大きな劇場行ってみるかな?

 エントリー受付は8月15日まで。 プレミアム会員に登録して、そのままエントリーすれば すぐに視聴できるようです。 あ、これが狙いか。 あれ、私は何時? そして何故? プレミアム会員に登録したのだろうか???


(H29年8月5日追記) 電車に乗ってる時、スマホで聴いていたら、あっという間に通信速度制限がかかってしまった。 動画って容量喰ってるんですねぇ。 ところで、音だけ聞いていると、細かな演出がよく分かる。 「空の神兵」は晴美のほうが はるかに歌がうまいとか。 すずは声も出てないし、音程ももげている。 のん、歌手デビューして大丈夫か? あれは、そういう演技ですよね?

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模擬原爆とミス愛知(その2) [八月が来るたびに]

 もう一つの展覧会は豊川市の桜ヶ丘ミュージアムで開催されています。

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 「青い目の人形と答礼人形 里帰り展」です。

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 青い目の人形は、日米関係が悪化し出した昭和2年に日米友好のしるしとして米国人宣教師のギューリックが中心となり、12,700体がアメリカから贈られました。 これに対し、日本からは渋沢栄一が中心となり58体の市松人形が返礼として贈られました。(日本側の数が少ないですが、日本の贈った人形は後の人間国宝になる人形師さんが作られた、家が一軒建つくらいのものです。) この民間の交流は緊張した日米関係に束の間の安らぎを与えましたが、歴史の流れを止めることは出来ず、多くの青い目の人形が”敵国のスパイ”として壊されたり、戦災で焼失しました。 その中で、人形には罪はないと密かにかくまわれた人形たちが戦後相次いで発見されたのはご存じのとおり。 現在、日本国内に334体の青い目の人形の存在が確認されています。

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 現在、愛知県には10体が現存しますが、そのすべてがこの展示会に展示されています。 一方、日本から贈られた答礼人形も、いくつかは消息が分からなくなっていました。 そのうちの一つ、”ミス愛知”と名付けられた市松人形がH22年、アメリカ ロードアイランドのオークションで発見されました。

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 発見時のミス愛知は、ご覧のような状態でした。 黒髪の代わりに洋風のかつらを、着物の代わりにドレスを着せられていたそうです。 日本の青い目の人形のように、かくまわれていたのでしょうか? このミス愛知を何とか日本に里帰りさせようと奮闘されたのが、青い目の人形の研究をされていた元中学教師の夏目勝弘氏です。 

 氏を中心として「答礼人形を里帰りさせる会」が組織され、「この世界の片隅に」劇場版でも活用されたクラウドファンディングの助けも借りて、ようやく里帰り展が実現されることになりました。 ミス愛知も日本の人形師さんの手によって修復され、愛知県に現存する青い目の人形10体、ギューベック宣教師のお孫さんによって始められた”新”青い目の人形 5体の出展も決まり、いよいよ展示会まで あと 一月というときに、夏目氏は病気で他界されます。 …というような話を、ここ数日 東海地方のローカルニュースが繰り返し報道していたのでした。 国どうしは喧嘩していても、鬼畜米英と叫んでいても、心の底では絶対につながれるはず。 そんな日米の民間交流をあらためて垣間見ることが出来ました。

 本当にいい展示会でした。 この里帰り展は豊川を皮切りに、9月10日まで愛知県の4つの会場を巡回する予定です。

 国どうしは戦争していても、どこかで友情の根はつながっている。 そんなエピソードが呉にもありました。

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 この、一見異様な檻の中に入れられたお墓。 呉の長迫海軍墓地の中にある、”英国人水兵の墓”です。 これは明治40年(1907年)、戦艦安芸の進水式に招かれた当時の同盟国である英国の軍艦から転落・水死された水兵を弔ったものです。 当時の旧日本海軍は最大限の敬意をもって、この水兵の霊を弔いました。 時は移ろい、英国と敵対関係となった第2次世界大戦中も海軍はこの水兵の墓を守り続けます。 鬼畜米英の墓がこの地にあることを心よしと思わない人々によって、この墓は度々イタズラ(というより破壊工作)に遭いますが、海軍はご覧のような檻を作って墓を保護するのです。

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 所変わって、こちらは水原の兄も通ったであろう、江田島の旧海軍兵学校の大講堂。 

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 大正6年(1907年)に建設されたこの総御影石造りの立派な講堂は、今でも海上自衛隊の幹部候補生の卒業式などに使われています。 20年7月24日からの呉沖海空戦では、江田島沖の軍艦は攻撃されましたが、この海軍の幹部養成校であった兵学校は狙われることはありませんでした。 一説によると、水兵の弔いに恩義を感じた英国側からアメリカ軍へ進言があったとか、なかったとか。

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 いま、旧海軍兵学校(現第1述科学校)の校庭には、日英同盟締結100周年の記念樹が植えられています。


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 桜ヶ丘ミュージアムでは、今、もう一つの展示会も開催されています。 豊川工廠展です。 豊川工廠は主に砲弾や弾丸などの兵器を製造していましたが、広島の原爆投下の翌日の8月7日に大規模な空襲を受け壊滅します。 女子挺身隊や朝鮮人徴用工を含む多くの人が犠牲になりました。 当時を体験された方の絵を中心とした展示がされています。

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 投下された爆弾の破片。 1/2インチくらいの厚さです。 いかにパンプキン爆弾が大きかったかがわかります。 奇しくも同時期に同じミュージアムで開催されている二つの展示会。 いずれも平和の尊さを考えさせてくれる展示でした。 両展示会とも、かなり


  平和を願う >この辺>>> | >>>>> 絶対反戦

でした。 

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