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「夕凪の街 桜の国」放送 15日ファミ劇で [八月が来るたびに]

 今年も”終戦の日”に向けて、いろいろな番組や特集が放送されています。 こうのさんの「夕凪の街 桜の国」の劇場版が8月15日の12:10から”ファミリー劇場”で放送されます。 「はだしのゲン」のアニメ版とドラマ東京大空襲」に挟まれての放送となります。

 コトリンゴさんの「”この世界の片隅に” コトリンゴの映画音楽 -完全版-」が15日深夜の25:00(16日午前1:00)からNHK総合で、そのコトリンゴさんも出演する「いのちのうた2017」が17日深夜の24:10(18日午前0:10)より同じく総合で放送されます。 

 そして事前の予測通り、「この世界の片隅に」の再上映も多くの劇場で始まっていますが、各地の自治体などが主催する単発の上映会も多数(8月4日付けの朝日新聞の記事によれば年末までに340会場以上)開催されています。

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 上記は愛知県豊田市の上映会のパンフレット。 私は、この上映会のことを朝日新聞の記事で知りましたが、朝日新聞は今夏、この作品に絡めた終戦特集記事を多く作成しています。 まあ、朝日新聞はエンドクレジットにも入っているし… 朝日新聞は、最終的に、こうの先生に従軍慰安婦の話しを描いて欲しいんだろうな... 今のところ、こうの先生は朝日と絶妙の距離感を持って仕事をされているとは思うんだけど。

 「この世界の片隅に」という作品自体(原作も劇場版も)も、絶妙なバランス感覚で作られています。 どんな立場・思想の人に対しても、そして(海外展開を見越して)どこの国の人に対しても、抵抗なく入って行けるような作りになっています。(なにせ、作中の人物は誰も”戦争反対!”なんて言ってないし) あくまでも、読んだ(視た)人自身で考えてもらおうというように。 これは、「夕凪の街 桜の国」が世に出た後に、作品自体やこうのさんという作家自身が、マスコミや論客を名乗る人たちによる都合の良い解釈に翻弄された苦い経験から来ているものなんでしょうね。 (「なぞなぞさん(”平凡倶楽部”収録)」参照)

 ”先の大戦”は、けっして、暴走した軍部や無能な政治家によって引き起こされたものではないと私は思います。 当時の日本人を戦争に導いたのは、自らの主張こそが正義だと振りかざしていた人々です。 彼らの恐ろしいところは、自らの立ち位置を示すことなく、自分たちの信じる”正義”こそが世界の普遍的な原理であると国民を先導することです。 彼らの本性は、この時代になっても、多少 右が左になっても全く変わってないと思います。 本当に、おかしいなと思ったら、自分で調べて自分の頭で考えないと。

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200万人ありがとうハガキが届きました [番外]

お客さま200万人ありがとうのハガキが届きました。(全員プレゼントのほうね)

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この絵柄かぁ! 素直にうれしい。 これ、すずさんのワンピースは右手の不自由な すずさん用に、ポケット左側についてるんだよね。 少女(ヨーコ)、結構気が利く子だね。

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「この世界の片隅に」劇場版 Yahoo! プレミアムで(無料)オンライン特別試写会開催中! [番外]

 Yahoo!のプレミアム会員限定で、劇場版のオンライン特別試写会を8月いっぱい開催中です。 プロモーションでも、ダイジェスト版でもない、劇場版本編そのものが期間中 無料で見られます。 私はプレミアム会員だったらしく、エントリー登録しただけでパソコンでもスマホ(i-phone)でも見られました。 (スマホはYahoo!とGYAO!のアプリを入れる必要があります。) テレビSONYのブラビアかAmazonのFire TVだけしか見られないそうです。

 ブルーレイ・DVD発売前に無料視聴ってのはスゴイな。 劇場版の公式HPにも情報出ていないみたいだし、これはバンダイさん? それともYahoo!の企画? まあ、ブルーレイが届く前にもう一度おさらいしておこう…ということで。 8月になって、予想通り再上映や単発の上映会も増えてきましたね。 もう一回、大きな劇場行ってみるかな?

 エントリー受付は8月15日まで。 プレミアム会員に登録して、そのままエントリーすれば すぐに視聴できるようです。 あ、これが狙いか。 あれ、私は何時? そして何故? プレミアム会員に登録したのだろうか???


(H29年8月5日追記) 電車に乗ってる時、スマホで聴いていたら、あっという間に通信速度制限がかかってしまった。 動画って容量喰ってるんですねぇ。 ところで、音だけ聞いていると、細かな演出がよく分かる。 「空の神兵」は晴美のほうが はるかに歌がうまいとか。 すずは声も出てないし、音程ももげている。 のん、歌手デビューして大丈夫か? あれは、そういう演技ですよね?

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模擬原爆とミス愛知(その2) [八月が来るたびに]

 もう一つの展覧会は豊川市の桜ヶ丘ミュージアムで開催されています。

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 「青い目の人形と答礼人形 里帰り展」です。

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 青い目の人形は、日米関係が悪化し出した昭和2年に日米友好のしるしとして米国人宣教師のギューリックが中心となり、12,700体がアメリカから贈られました。 これに対し、日本からは渋沢栄一が中心となり58体の市松人形が返礼として贈られました。(日本側の数が少ないですが、日本の贈った人形は後の人間国宝になる人形師さんが作られた、家が一軒建つくらいのものです。) この民間の交流は緊張した日米関係に束の間の安らぎを与えましたが、歴史の流れを止めることは出来ず、多くの青い目の人形が”敵国のスパイ”として壊されたり、戦災で焼失しました。 その中で、人形には罪はないと密かにかくまわれた人形たちが戦後相次いで発見されたのはご存じのとおり。 現在、日本国内に334体の青い目の人形の存在が確認されています。

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 現在、愛知県には10体が現存しますが、そのすべてがこの展示会に展示されています。 一方、日本から贈られた答礼人形も、いくつかは消息が分からなくなっていました。 そのうちの一つ、”ミス愛知”と名付けられた市松人形がH22年、アメリカ ロードアイランドのオークションで発見されました。

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 発見時のミス愛知は、ご覧のような状態でした。 黒髪の代わりに洋風のかつらを、着物の代わりにドレスを着せられていたそうです。 日本の青い目の人形のように、かくまわれていたのでしょうか? このミス愛知を何とか日本に里帰りさせようと奮闘されたのが、青い目の人形の研究をされていた元中学教師の夏目勝弘氏です。 

 氏を中心として「答礼人形を里帰りさせる会」が組織され、「この世界の片隅に」劇場版でも活用されたクラウドファンディングの助けも借りて、ようやく里帰り展が実現されることになりました。 ミス愛知も日本の人形師さんの手によって修復され、愛知県に現存する青い目の人形10体、ギューベック宣教師のお孫さんによって始められた”新”青い目の人形 5体の出展も決まり、いよいよ展示会まで あと 一月というときに、夏目氏は病気で他界されます。 …というような話を、ここ数日 東海地方のローカルニュースが繰り返し報道していたのでした。 国どうしは喧嘩していても、鬼畜米英と叫んでいても、心の底では絶対につながれるはず。 そんな日米の民間交流をあらためて垣間見ることが出来ました。

 本当にいい展示会でした。 この里帰り展は豊川を皮切りに、9月10日まで愛知県の4つの会場を巡回する予定です。

 国どうしは戦争していても、どこかで友情の根はつながっている。 そんなエピソードが呉にもありました。

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 この、一見異様な檻の中に入れられたお墓。 呉の長迫海軍墓地の中にある、”英国人水兵の墓”です。 これは明治40年(1907年)、戦艦安芸の進水式に招かれた当時の同盟国である英国の軍艦から転落・水死された水兵を弔ったものです。 当時の旧日本海軍は最大限の敬意をもって、この水兵の霊を弔いました。 時は移ろい、英国と敵対関係となった第2次世界大戦中も海軍はこの水兵の墓を守り続けます。 鬼畜米英の墓がこの地にあることを心よしと思わない人々によって、この墓は度々イタズラ(というより破壊工作)に遭いますが、海軍はご覧のような檻を作って墓を保護するのです。

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 所変わって、こちらは水原の兄も通ったであろう、江田島の旧海軍兵学校の大講堂。 

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 大正6年(1907年)に建設されたこの総御影石造りの立派な講堂は、今でも海上自衛隊の幹部候補生の卒業式などに使われています。 20年7月24日からの呉沖海空戦では、江田島沖の軍艦は攻撃されましたが、この海軍の幹部養成校であった兵学校は狙われることはありませんでした。 一説によると、水兵の弔いに恩義を感じた英国側からアメリカ軍へ進言があったとか、なかったとか。

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 いま、旧海軍兵学校(現第1述科学校)の校庭には、日英同盟締結100周年の記念樹が植えられています。


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 桜ヶ丘ミュージアムでは、今、もう一つの展示会も開催されています。 豊川工廠展です。 豊川工廠は主に砲弾や弾丸などの兵器を製造していましたが、広島の原爆投下の翌日の8月7日に大規模な空襲を受け壊滅します。 女子挺身隊や朝鮮人徴用工を含む多くの人が犠牲になりました。 当時を体験された方の絵を中心とした展示がされています。

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 投下された爆弾の破片。 1/2インチくらいの厚さです。 いかにパンプキン爆弾が大きかったかがわかります。 奇しくも同時期に同じミュージアムで開催されている二つの展示会。 いずれも平和の尊さを考えさせてくれる展示でした。 両展示会とも、かなり


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でした。 

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模擬原爆とミス愛知(その1) [八月が来るたびに]

 真夏が、八月が近づくにつれ、東海地方のローカルニュースでも先の大戦を振り返る催しやイベントを報じるようになりました。 そのうち、特に興味深かった二つの展示会に行ってみました。

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 一つ目は、豊田市の産業文化センターで開催された、「豊田市平和を願う戦争展」です。 連動企画として、8月6日に豊田市福祉センターで劇場版の上映が企画されているとのこと。 豊田市教育委員会がバックについているので、大人1000円で鑑賞できるそうです。 うーん、京都行ってるワ、その日。

 さて、今回の展示の目的は、劇場版のパンフレットをもらうことではなく、終戦間際… 20年8月14日の午後に豊田市に投下された、”模擬原爆”=パンプキン爆弾を見に行くことです。

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 この爆弾は、豊田市(当時挙母町)にあるトヨタ自動車本社工場を狙って投下されたものだと言われています。 1発目が現トヨタ会館の南側(当時のトヨタさんの社宅があった所)、2発目が渡合町(現在の豊田ジャンクションから新東名に向かう途中の大きな橋の近く)の集落、そして3発目がトヨタ自動車の本社工場内に落ちました。 トヨタさんでは、午前中に戦闘機の襲撃があり、社員が皆避難していたため、犠牲者はいなかったとのこと。

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 こちらが2発目の破片。 民家の壁に突き刺さっていたものを、その民家の所有者が保管されていたもの。 触らせていただきました。 厚みが2インチくらいある鉄片です。 パンプキン爆弾は、長崎に投下された”ファットマン”と外形・重量が同じで、原爆投下時の航跡を調査するための”模擬原爆”として、国内の数カ所で投下されていました。 終戦直前の投下(米軍は、この日までに日本の降伏を把握)は、パンプキンの通常兵器としての性能を確認するためだったとも言われています。

 丁寧に説明していただいた豊田市の冨田さんによれば、当時の(B-29の空襲拠点となった)テニアン基地には原爆が無くなっていたので、アメリカ本土まで3発目・4発目を取りに行っていた最中だったとのこと。 もし戦争が長引いていれば、豊田市にも原爆が投下されていたかもしれないとのことです。

 確かに。 たとえば、呉工廠の空襲の際は兵器廠は爆撃しましたが、戦後活用できそうな造船ドック(大和のドック)は、そのまま手付かずで残していました。 じゃあ、日本の自動車工場は? 当時、日本に自動車工業が根付くとは(豊田 LEADERS 喜一郎さん以外)誰も思っておらず、アメリカにしてみれば全く利用価値のない工場でした。 本当に、豊田市が第3、あるいは第4の被爆地になっていたのかもしれません。

 皮肉なことに朝鮮戦争時には、アメリカは このトヨタ本社工場で生産されたトラックを最も多く購入して、戦後のトヨタさんの財政状況健全化に大貢献するのです。 戦後、ドッジ不況と労働争議により倒産寸前まで追い込まれていたトヨタですが、人員整理と経営陣の退陣を条件とした日銀の支援により倒産をかろうじて免れます。 その直後の25年6月25日に勃発した朝鮮戦争により情勢は一変。 日本を後方支援基地としたアメリカ軍のトラック大量注文により、一気に息を吹き返すのです。(この辺はTBSのドラマ「LEADERS」で詳しく説明されていますね。) 当初、アメリカの注文はディーゼルエンジン車を得意とする いすゞや日野が獲得するのではないかと言われていましたが、蓋を開けてみると 米軍は補給上の都合からガソリンエンジン搭載のトラックを希望。 偶然、ガソリンエンジンのトラックだけ造っていたトヨタさん(しかも大規模生産ラインが空いている←売れてなかったから)に白羽の矢が立つのです。 

 9月、当初500台の予定だった米軍特需は1000台に拡大、そのすべてをトヨタが総取りします。 10月末時点での特需は、トヨタ 3329台、日産 2915台、いすゞ 815台となりました。(以上 東洋経済新報より抜粋) まさに、アメリカ軍がトヨタ本社を完全に破壊しなかったことで、トヨタは米軍に救われるのです。

 その他、豊田市内にあった飛行場のこと、軍事施設のこと、それらの整備に動員されていた朝鮮人労働者のこと、機銃掃射で亡くなった少女のこと… 私よりも お年を召した皆さんが手作りされた資料が多く展示されていました。 ここにも努力して語りを繋いでいこうとする方が多くいらっしゃいました。 9条死守のコーナーもあって、少し


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かな?

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アクションの特別再録はいつまで? [番外]

 当初 3回といわれていた、アクションの特別再録。 ”好評につき延長します”の連続で、現在発売中のH29年7月18日号で第16回(リンに絵を届ける回)まで来ました。 次号(7月18日発売のH29年8月1日号)の掲載も決まっているので、第17回(小林の伯母さんたちが荷物疎開の回)まではやりますが、いったい いつまでやるのでしょうか?

 参考になるのが、中国新聞の有料増刊といえる、「中国新聞SELECT」の”連載”。 こちらでは、原作を毎週土曜日の号に第18回まで連載することが予告されています。 第18回は、竹槍訓練の回。 すずが、リンと周作の関係に気がついてしまう回ですね。 これから、ストーリー的にも戦局的にも佳境に入っていく、一番おいしい時で掲載を終えて、あとはコミックスを買ってね、ということでしょうか。 まあ、双葉社さん、また新装版の時の過ちを繰り返していて、今、コミックスが大量に書店に溢れていますもんね… (第19回には、朝刊には載せにくい例のシーンもあるし)

 アクションのほうでも、8月1日発売のH29年8月15日号で第18回掲載の予定ですが、ちょうど7月28日の公式ファンブックの発売まで引っ張れて、ここら辺がちょうどいい潮目なのかな。 いや、ひょとしたら来年のアカデミー賞くらいまでやるかも...

 アクション今号では、高橋留美子さんの応援漫画が掲載されていましたが、のんさんをスゴイ褒めていたのが印象的でした。

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20年6月22日 [下巻]

片渕さんの今日のTwitterが怖い。 怖い。 怖い。


こうのさんが本作の連載を、平成18年暮れから21年1月にかけて行ったことと同じことを、ある1日に絞って、twitter上で再現されたのですね。 そういえば、劇場版公開後、はじめて この(作中の年月が特定できる)日を迎えたんですもんね。

この後、7月1日深夜、7月24日から4日間、8月6日、15日、9月17日(枕崎台風は劇場版でやってないからないか)などに何かありますかね。 

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「マイマイ新子」と200万人おめでとう! [番外]

 劇場版、累計入場者数200万人突破おめでとうございます。 6月22日かなと思ってましたが。 でも、リピーターが多いので、実際に見られた方は100万人ちょっとくらいでしょうか? この作品は定期的にリピート上映されるだろう性格の映画なので、最終的に何人来場者があったかは、何年・何十年と経たないと分からないのでしょうね。

 さて、私は今「ぼおるぺん古事記」を買って来て、少しずつ読んでいます。 また、先日、「マイマイ新子と千年の魔法」のDVDをようやく見ました。 面白い、そしてとても懐かしい作品ですね。 冒頭から、見慣れた防府の山におぉーっ! 登場人物の山口弁は、最初は少し違和感がありましたが、中盤以降はしっくりきました。 これは演者の皆さんが慣れて来たからか、私の耳が慣れたからか? この辺のところは「この世界の片隅に」では、より演者さんたちの広島弁指導が徹底されているなぁとあらためて感じました。 最後に貴伊子が新子を見送るところで山口弁になっているところは、すずさんが最後に呉人のイントネーションになっているのに通じるところがありますね。

 新子はお父さんの勤め先(山口大学)のある町に引っ越していきますが、お父さんが緑藻の研究をしているということで、文理学部(当時はまだ人文と理学部は別れてない)ならば山口市の白石地区、農学部ならば下関調布ですね。 

 それから、防府には清少納言が居たんですねぇ。 あんまり意識したことなかったな。 でも、なぜか「枕草子」(と「古事記」)は山口県立図書館で対訳付きの本を借りて原文を読んだんだよな、高校時代。 私は昔から紫式部よりも清少納言派だったんだけども、清原元輔が周防守だったのが影響していたのか?

 両作品は、戦後と戦中、小学生と主婦という違いはあるけれども、”生のきらめき”というのが共通していますね。 「マイマイ新子」、大きいスクリーンで見てみたい作品です。

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結びに代えて [はじめに]

 昨年の11月に初めて劇場版を見てからというもの、私の睡眠時間は減ってしまった。 四六時中この作品のことを、そして、その背景となる時代や地方のことについて いろいろと考え、そして調べなくてはいけないという衝動に駆られた。 その衝動は、原作のコミックスを読んだ後、さらに加速した。 とにかく、作中に作者があえて描かなかったことを何とか理解しようと考え、調べ、そしてまた考えた。 年表を整理し、仮説を組み立て、そしてその仮説の傍証をいろいろなメディアから探して回った。 そして1話1話、気に留めたことを書いて行った。 そうこうするうちに、あっという間に半年が過ぎていた。

 こんな作品は初めてだ。 たぶん、二度とこのような作品には出会わないだろう。 とりあえず、全話分の感想を書き留めることが出来た。 これでようやく落ち着いて夜眠ることが、出来るかな? この作品については、これまであまたの人が評論や感想を書いているので、自分は一番強く感じたことと、最後に気付いたことを書いて、とりあえずのまとめにしたいと思う。 


全編これ戦闘シーン

 この作品に対する一般的な評論として、「日常の中に戦争が忍び寄ってくる様を描いている」とか、「過酷な状況の中でも日々を大切に生きていく事の尊さを描いている」などのようなことを書いているのをよく見かける。 とにかく”日常”、”日常”と繰り返し言われているが、私は、この作品は全巻・全頁に渡って熾烈な戦いが描かれていると思う。

 ”戦い”といっても、私のような単純な男子、つまりはプラモの戦闘機を手に持って空中戦をやったり、池に浮かべた空母を爆竹で爆破したり、同級生に「特攻じゃぁー!!」と言って体当たりしていた、本当に馬鹿で単純な少年のなれの果てが想像するような戦いではない。 銃剣の代わりに包丁を、砲弾の代わりに薪を持っていた女たちの戦いなのだ。 

 彼女たちはインパールへの苛烈な山道を進む代わりに 炎天下の配給の列に並び、ジャングルを匍匐前進する代わりに 道端に這いつくばって食える草を探し回り、そして、砲弾の雨が降る塹壕の中で家族の手紙を握りしめながら故郷へ思いを巡らす代わりに 木の実の落ちるお背戸の向こうで栗の実を煮ながら 父さんの帰りを待つのだ。 そんな静かな女たちの激しい戦いが描かれているのだ。 そして、女たちの目的は鬼畜米英を倒すことでも、大東亜共栄圏の繁栄でもない。 ただただ、愛しい人を、愛おしい日々を再び取り戻すために戦っているのだ。 大戦中、女たちは ただ耐えていたのではなかった。 自らも傷つきながらも、必死で静かに生き延びるために戦っていたのだ。 この作品は、私にそんな当たり前のことを気付かせてくれたのだ。


ぼろぼろの題字に込められた願い

 ちょっと気づきにくいが、この作品のタイトルロゴと作者名はかすれている。 長い年月にさらされて朽ちていく様を表現しているのだろうか? そういえば劇場版のポスターのタイトルロゴも、製作準備段階の初期のものは字体がはっきりしているが、公開版のものは原作のようにかすれている。 これは、この時代を懸命に生きた人々の生の記憶も、誰かがバトンを継いで語り継いでいかなければ、いつか途絶えてしまうということを言いたいのだろうか?

 先ごろ(H29年5月19日)、岡ヨシエさんが亡くなられた。 岡(旧姓大倉)さんは、比治山高等女学校3年生の時(中学3年相当で当時14歳)に、挺身隊として広島城本丸にあった中国軍管区司令部に配属され、そして原爆に遭われた。 投下時、地下壕の通信室に居た岡さんは広島の惨状を確認すると、すぐさま福山の部隊に「広島が全滅です」という一報を入れた。 これが広島の原爆投下を伝えた第一報であると言われている。 岡さんは、屋外にいた旧友の救助に当たったが多くが直撃で即死しており、息のある者も重傷の火傷を負って虫の息であったという。 この救助活動時に岡さん自身も被爆され、長く原爆症に苦しめられたそうだが、約30年前より語り部として自身の体験や、重い火傷を負いながらも「仕事に行かせて下さい」と懇願しながら死んでいった誇り高い旧友のことを多くの人に語られたという。 

 いま、岡さんのような戦災の語り部の方の高齢化が進み、その数はどんどん少なくなっていっているという。 そういえば、径子役の尾身美詞さんが「その頬 熱線に焼かれ」という舞台の準備で元”原爆乙女”の方たちと会われたときにも、「自分たちの命には限りがある、自分たちが生きているうちに(その劇を)早くやって」と懇願されたという。 この作品のかすれた題字には、誰かが語り継がないと この時代を生きた人々の貴重な記憶が本当に無くなってしまうというメッセージを込めているのかもしれない。 劇場版のタイトルもかすれているが、色だけはみずみずしい菫色になっている。 これは映画という形にしたことで、しばらくは後世に伝えるための余力を与えましたよという意味が込められているのかな?

 このかすれた題字の意味を悶々と考えている時に、H29年5月に愛知県で開催された「花森安治の仕事」巡回展に行き、先に説明した「暮らしの手帖 96号」、戦争体験特集号の序文にあたる「この日の後に生まれてくる人に」という文章に出合った。 ああ、そうか! この文章に書いてあることこそ、かすれて”ぼろぼろ”になった題字の意味であり、作者から ”この世界のあちこちのわたし” たちに託された、祈りにも似た願いなんだなぁと、一人で納得したのである。 

 

 最後に、その「この日の後に生まれてくる人に」の一部を引用させていただき、このつたないブログの当面の締めくくりとさせていただきたい。


 ”いま、君は、この一冊を、どの時代の、どこで読もうとしているのか、それはわからない。 君が、この一冊を、どんな気持ちで読むだろうか、それもわからない。

 しかし、君がなんとおもおうと、これが戦争なのだ。 それを君に知ってもらいたくて、この貧しい一冊を、のこしてゆく。

 できることなら、君もまた、君の後に生まれる者のために、そのまた後に生まれる者のために、この一冊を、たとえどんなにぼろぼろになっても、のこしておいてほしい。 これが、この戦争を生きてきた者の一人としての、切なる願いである。”


(了)

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”祝 全国放送決定!!” 広島からの手紙 [番外]

広島の先輩から郵便が届きました。

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ブルーレイ! H29年6月2日に中国地方ローカルで放送された、「”この世界の片隅に” コトリンゴの映画音楽」をお願いして録ってもらったやつです。

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あ、日曜に放送された45分の”完全版”も入ってる! 先輩ありがとう。


30分版には、広島の流川教会で行われた演奏会の様子や、「悲しくてやりきれない」、「New day」、そして「みぎてのうた」のフルコーラスが収録されています。 「ありこさん」は左手でピアノ、右手でマリンバを同時に操って器用に演奏されていました。 この人、ほんとうにすごい! いや、あの「しあはせの手紙」を劇場版の主題歌 「みぎてのうた」に直された時点で只者ではないと思ってたんですが。

そして”完全版”は、あらゆる意味で”完全版”でした。 (「たんぽぽ」フルコーラス収録。)

本当に、昨年の11月から「みぎてのうた」が頭の中でリフレインしっぱなしです。 「たんぽぽ」もいい歌。 子供が巣立つときに贈ってやろうかと思ってるくらいです。 


(H29年7月19日追記)

完全版の全国放送が決定したそうです。 8月15日(火)深夜1:00~ (16日午前1時~) NHK総合で放送です!

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